<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom"><title>森から世界を見る</title><link href="https://morinokyoron.amebaownd.com"></link><subtitle>著者：森のきょろん　企業研究所に従事したあと、現在は、数理工学を専門とする知財コンサルティング職務を行なっています。ふだんは海の近くに住み、ときどき森を彷徨して思考に没入します。</subtitle><id>https://morinokyoron.amebaownd.com</id><author><name>森のキョろん</name></author><updated>2023-01-29T04:48:39+00:00</updated><entry><title><![CDATA[変わらぬ日本で暮らすより]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/40929900/"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/40929900</id><summary><![CDATA[2023年1月28日の朝日朝刊より。「変わらぬ日本で暮らすより」シングルマザーで6年前に娘さんを連れてカナダに移住した43歳の看護師さん。日本で大学卒業後、地元の病院で看護師に。有休が取れず給料も上がらず。自腹で学校に通って認定看護師の資格をとってもさして昇給しない。ボーナスは年々減っていく。「この先、ずっとここでやっていくのか」オーストラリアの英語研修を機に、英会話を習い始める。医師との上下関係がなく、専門性を尊重してもらえる。海外で働く選択肢が頭に浮かんだ。カナダで日本の専門学校にあたるカレッジに2年通い国家試験に合格。夜勤もあるが日本の病院で担当の患者は15人だがカナダでは6人。分業がきちんとしていて看護助手がケアをしてくれる。看護に集中出来る。4年目で年収は800万に。6年目に1000万。現地の物価は高いが日本にいた頃より貯金が増えていく。「日本の看護師は休みも取れず給料も増えず上下関係にうるさい。自分が生きているうちに日本の労働環境は変わらないだろう」カナダの病院の医師も看護師も多くの移住者が働いている。物価は高いし、医療は無料でも簡単に病院にかかれないなど、暮らしにくい面はある。でも、いろいろな生き方や家族の形があって良いという雰囲気は心地よい。日本ではシングルマザーと分かると微妙な反応をされる。昨年の夏休みに6年ぶりに日本に帰った。電車は便利で外食は安い。「でも日本には帰らないだろう」………日本でほとんどの国民の給料がこの30年間わずかしか上がらないのは、自民党の格差拡大政策と、アベノミクスの失敗のせいです。上下関係の厳しさや、多様性を認めないのは、自民党が持つ家族主義の価値観、そのものです。統一教会と同じと言っても良いでしょう。日本では電車が便利とありますが、都会に限った話です。私がいつも言うように、都会への一極集中は、地方の犠牲の上に成り立ってきましたが、少子高齢化を招き、そしてそれが故に、地方が壊れ、日本社会が持続しなくなりつつあります。これもまた、自民党の政策の結果です。なのに、何故、バブル崩壊以降の30年間、僅かな数年を除き、国民は自民党に政治を委ねているのでしょうか？しかもこの10年は、あまりにも酷い政治です。私には自民党を選び続ける日本の国民が、さっぱり理解できません。]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2023-01-29T04:48:39+00:00</published><updated>2023-01-29T04:53:30+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>2023年1月28日の朝日朝刊より。</p><p>「変わらぬ日本で暮らすより」</p><p>シングルマザーで6年前に娘さんを連れてカナダに移住した43歳の看護師さん。</p><p>日本で大学卒業後、地元の病院で看護師に。有休が取れず給料も上がらず。自腹で学校に通って認定看護師の資格をとってもさして昇給しない。ボーナスは年々減っていく。</p><p>「この先、ずっとここでやっていくのか」</p><p>オーストラリアの英語研修を機に、英会話を習い始める。医師との上下関係がなく、専門性を尊重してもらえる。海外で働く選択肢が頭に浮かんだ。</p><p>カナダで日本の専門学校にあたるカレッジに2年通い国家試験に合格。夜勤もあるが日本の病院で担当の患者は15人だがカナダでは6人。分業がきちんとしていて看護助手がケアをしてくれる。看護に集中出来る。</p><p>4年目で年収は800万に。6年目に1000万。現地の物価は高いが日本にいた頃より貯金が増えていく。</p><p>「日本の看護師は休みも取れず給料も増えず上下関係にうるさい。自分が生きているうちに日本の労働環境は変わらないだろう」</p><p>カナダの病院の医師も看護師も多くの移住者が働いている。物価は高いし、医療は無料でも簡単に病院にかかれないなど、暮らしにくい面はある。でも、いろいろな生き方や家族の形があって良いという雰囲気は心地よい。日本ではシングルマザーと分かると微妙な反応をされる。</p><p>昨年の夏休みに6年ぶりに日本に帰った。電車は便利で外食は安い。</p><p>「でも日本には帰らないだろう」</p><p>………</p><p>日本でほとんどの国民の給料がこの30年間わずかしか上がらないのは、自民党の格差拡大政策と、アベノミクスの失敗のせいです。</p><p>上下関係の厳しさや、多様性を認めないのは、自民党が持つ家族主義の価値観、そのものです。統一教会と同じと言っても良いでしょう。</p><p>日本では電車が便利とありますが、都会に限った話です。私がいつも言うように、都会への一極集中は、地方の犠牲の上に成り立ってきましたが、少子高齢化を招き、そしてそれが故に、地方が壊れ、日本社会が持続しなくなりつつあります。</p><p>これもまた、自民党の政策の結果です。</p><p>なのに、何故、バブル崩壊以降の30年間、僅かな数年を除き、国民は自民党に政治を委ねているのでしょうか？しかもこの10年は、あまりにも酷い政治です。</p><p>私には自民党を選び続ける日本の国民が、さっぱり理解できません。</p>
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	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[鎌倉殿の13人　平家の滅亡と平宗盛]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/34234149/"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/34234149</id><summary><![CDATA[NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」は、とても面白いですね。昨夜の回(2022/5/8放送)では、平家が滅亡しました。俳優の小泉孝太郎さんが演じる平宗盛が捕らえられたのですが、とても清々しく描かれているように思い、興味深かったです。平宗盛は1147年生まれ。1185年6月22日に、近江国篠原宿で斬首されています。享年39歳。吾妻鏡によれば、直前の6月7日、頼朝の前に連れていかれたときに、卑屈な態度で助命嘆願したとあるようです。平家物語でも、兄の重盛よりはるかに劣っていると酷い評価で書かれているようです。愚管抄では、木曽義仲に攻め込まれて逃げるときに、狼狽して慌てふためく姿が描かれているそうです。これらの史伝は、必ずしも公平な見方がされていないと思われるので、少し可哀そうです。識者によると、宗盛は子供を思う気持ちなど情愛に深く、公家社会における実務能力を再評価する見方もあるようです。「鎌倉殿の13人」では、それに近い解釈として、残酷野蛮、直情的に振る舞う義経とは対比的に描きたかったのかもしれません。壇ノ浦で海に落とされても、泳いで生きようとしたので、武士としてみっともないという印象がありますが、人間的といえば人間的ですよね。小泉孝太郎さん、適役だと思いました。]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2022-05-09T10:13:24+00:00</published><updated>2022-05-09T10:13:24+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」は、とても面白いですね。</p><p>昨夜の回(2022/5/8放送)では、平家が滅亡しました。俳優の小泉孝太郎さんが演じる平宗盛が捕らえられたのですが、とても清々しく描かれているように思い、興味深かったです。</p><p>平宗盛は1147年生まれ。1185年6月22日に、近江国篠原宿で斬首されています。享年39歳。</p><p>吾妻鏡によれば、直前の6月7日、頼朝の前に連れていかれたときに、卑屈な態度で助命嘆願したとあるようです。</p><p>平家物語でも、兄の重盛よりはるかに劣っていると酷い評価で書かれているようです。</p><p>愚管抄では、木曽義仲に攻め込まれて逃げるときに、狼狽して慌てふためく姿が描かれているそうです。<br></p><p>これらの史伝は、必ずしも公平な見方がされていないと思われるので、少し可哀そうです。</p><p>識者によると、宗盛は子供を思う気持ちなど情愛に深く、公家社会における実務能力を再評価する見方もあるようです。「鎌倉殿の13人」では、それに近い解釈として、残酷野蛮、直情的に振る舞う義経とは対比的に描きたかったのかもしれません。</p><p>壇ノ浦で海に落とされても、泳いで生きようとしたので、武士としてみっともないという印象がありますが、人間的といえば人間的ですよね。</p><p>小泉孝太郎さん、適役だと思いました。</p><p><br></p>
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	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[鎌倉時代の謎ー上総介広常の粛清？]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/33897724/"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/33897724</id><summary><![CDATA[NHK大河ドラマ「鎌倉殿の１３人」を楽しく見ています。４月１７日の放送では、裏切りの汚名を着せられて、上総介広常がまさかの失脚。成敗されました。佐藤浩市さんの演技は、まことに壮絶でした。実際は、どういう事件が起きていたか、よくわかっていません。この当時（1183年ころ）のことは「吾妻鏡」には書かれていません。記述がすっぽりと抜け落ちています。鎌倉幕府にとって、都合の悪いことが起きていた可能性があります。鎌倉幕府の経営がまだ定まっていない中、頼朝が亀にうつつを抜かしていて、政子とか周囲が諫めた事件がありました。御家人の不満もありそうです。重鎮時政が鎌倉からいなくなったこともあり、頼朝らと御家人との間で、税などの賦課制度や領地の扱いなどについてもめ事が起きたのか、とかが考えられます。想像の範疇であり、よくわかりません。どうにかこうにか、頼朝が危機を乗り切ったのは確かでしょう。鎌倉時代は、狭い場所、少ない登場人物のあいだで、「裏切り」とか「粛清」「討伐」が多く、史実がもやもやとよくわからないので、解釈の自由度が大きく、とても面白いです(笑)]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2022-04-21T13:31:31+00:00</published><updated>2022-04-21T13:31:31+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>NHK大河ドラマ「鎌倉殿の１３人」を楽しく見ています。</p><p>４月１７日の放送では、裏切りの汚名を着せられて、上総介広常がまさかの失脚。成敗されました。佐藤浩市さんの演技は、まことに壮絶でした。</p><p>実際は、どういう事件が起きていたか、よくわかっていません。この当時（1183年ころ）のことは「吾妻鏡」には書かれていません。記述がすっぽりと抜け落ちています。鎌倉幕府にとって、都合の悪いことが起きていた可能性があります。</p><p>鎌倉幕府の経営がまだ定まっていない中、頼朝が亀にうつつを抜かしていて、政子とか周囲が諫めた事件がありました。御家人の不満もありそうです。重鎮時政が鎌倉からいなくなったこともあり、頼朝らと御家人との間で、税などの賦課制度や領地の扱いなどについてもめ事が起きたのか、とかが考えられます。想像の範疇であり、よくわかりません。</p><p>どうにかこうにか、頼朝が危機を乗り切ったのは確かでしょう。</p><p>鎌倉時代は、狭い場所、少ない登場人物のあいだで、「裏切り」とか「粛清」「討伐」が多く、史実がもやもやとよくわからないので、解釈の自由度が大きく、とても面白いです(笑)</p>
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	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[20世紀末ー冷戦崩壊（メモ）]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/32915147/"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/32915147</id><summary><![CDATA[1979/5　サッチャー政権誕生1981/1 レーガン　米国大統領に就任　1982 ブレジネフ書記長死去1985/3 ゴルバチョフ　共産党書記長就任　ペレストロイカ・グラスノスチの推進　　9 G5 プラザ合意　ドル安合意      11 ゴルバチョフ・レーガン　ジュネーブで初会談1986/4 チェルノブイリ原発事故1987/3 シュワルナゼ外相　アフガニスタン撤退を表明　　12 ワシントンで三回目の米ソ首脳会談　INF全廃条約調印1988/7 ワルシャワ条約機構首脳会談　ブレジネフドクトリン（制限主権論）無効宣言　　 9 ビルマ軍事クーデター　スーチーさん軟禁　　12 国連総会　ゴルバチョフ　ソ連軍50万人削減計画を明言1989/2 ソ連　アフガニスタンから撤退　　 6 中国天安門事件　　　ポーランド　非共産党国家に　　7 ゴルバチョフ「欧州共通の家」構想　制限主権論の撤廃　10 ハンガリー　憲法改正　民主国家に　11 ベルリンの壁　崩壊　　　チェコスロバキア　ビロード革命　12 ルーマニア　チャウシェスク逮捕、処刑　　ブッシュ（父）・ゴルバチョフ　マルタ会談　冷戦終結を確認1992 アフガニスタン　人民民主党政府崩壊1996 タリバン　カーブル制圧　内戦続く]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2022-03-21T10:57:46+00:00</published><updated>2022-04-21T13:20:05+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>1979/5　サッチャー政権誕生</p><p>1981/1 レーガン　米国大統領に就任　</p><p>1982 ブレジネフ書記長死去</p><p>1985/3 ゴルバチョフ　共産党書記長就任　ペレストロイカ・グラスノスチの推進</p><p>　　9 G5 プラザ合意　ドル安合意</p><p>&nbsp; &nbsp; &nbsp; 11 ゴルバチョフ・レーガン　ジュネーブで初会談</p><p>1986/4 チェルノブイリ原発事故</p><p>1987/3 シュワルナゼ外相　アフガニスタン撤退を表明</p><p>　　12 ワシントンで三回目の米ソ首脳会談　INF全廃条約調印</p><p>1988/7 ワルシャワ条約機構首脳会談　ブレジネフドクトリン（制限主権論）無効宣言</p><p>　　 9 ビルマ軍事クーデター　スーチーさん軟禁</p><p>　　12 国連総会　ゴルバチョフ　ソ連軍50万人削減計画を明言</p><p>1989/2 ソ連　アフガニスタンから撤退</p><p>　　 6 中国天安門事件</p><p>　　　ポーランド　非共産党国家に</p><p>　　7 ゴルバチョフ「欧州共通の家」構想　制限主権論の撤廃</p><p>　10 ハンガリー　憲法改正　民主国家に</p><p>　11 ベルリンの壁　崩壊　　　チェコスロバキア　ビロード革命</p><p>　12 ルーマニア　チャウシェスク逮捕、処刑</p><p>　　ブッシュ（父）・ゴルバチョフ　マルタ会談　冷戦終結を確認</p><p>1992 アフガニスタン　人民民主党政府崩壊</p><p>1996 タリバン　カーブル制圧　内戦続く</p>
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	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[深層学習と記号推論の本質的な融合]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/32580328/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/858763/82c9f30722789d2260d20defc1cc6574_6b1cbdaca90a7464f68e58c0bae5dcf0.jpg"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/32580328</id><summary><![CDATA[2年くらいからホットな話ですが、その後、どのくらい進展しているのでしょうか？「深層学習と記号推論の本質的な融合」口で言うのは簡単ですが、「記号推論」の計算量は、どれくらいでしょうか。また、記号の定義(学習)がどれくらいできるものなのでしょうか。ここのところ、Googleのアレフゼロの凄さについて考えていたのですが、実は意外と囲碁将棋の探索空間は狭いのではないか、という考えに、おらはなりつつあります。もちろん人間にとっては十分広いですが…「着手可能」な選択肢の広さと、「形勢判断に概ね十分な先読みの手数」の深さで、探索空間の大きさが決まります。よく言われるのは天文学的な数字ですが、それがほんとなら、いくらアレフゼロが大規模並列処理をやっているとはいえ、一日で学習できて、せいぜい数分で推論できるとは思えません。また、囲碁将棋は、特徴量の表現が、きわめて限られています。記号の集合がきわめて狭いのです。しかもセンシングは不要で(リコーは将棋の自動採譜を画像認識で作りましたがきわめてセンシングが簡単です（笑）)、記号の意味は現実世界への写像が不要で、意味解釈(形勢判断)がそれなりに近似できます。だから、アレフゼロは一日で特徴量が抽出できる、すなわち深層学習できるのです。囲碁将棋は解決してしまった問題です。未解決で、記号推論が必要で、まさにAIチャレンジしがいのある課題はなんでしょうか。医療画像診断は研究が盛んで、実用可能な疾病も増えてきていると思いますが、これは深層学習による画像認識であり、記号推論は現状では無いと思います。疾病により画像の特徴量が変わるので、学習が必要です。プラットフォームがひとつあって、それを動かせば色々な診断システムが出来上がるのなら良いのですが、学習のためのデータをどうするか。医学生のアルバイトを使って画像にラベル付けを行うようなことも考えられますが、実現はなかなか大変です。記号推論の融合という話とは別の難しい課題です。記号推論が必要なのは、画像処理なら先日書いたようなコンテキストの問題とか、自然言語理解とか、判断の必要な高度な車輌自動運転などがあると思います。車輌の自動運転には、きわめて興味があります。画像処理は必須ですが、画像処理結果に対してどう行動するかの部分では、記号推論が必要なのではないかと思います。例えば、横断歩道のところで子供が手を上げて立っています。あるいは犬が歩いています。あるいは主婦が立ち話をしています。横断歩道に信号はあるのか。車輌の速度はどれくらい出ているか。斜め後方から自転車が追い抜いてこないか。法令では、渡ろうとしている人がいたら、横断歩道前で停止しなければなりません。画像に対して特徴量を抽出して子供や犬のラベルを記号として自動付与することは、現状でかなりできるようになりました。横断歩道の認識はもっと容易でしょう。しかし記号の組み合わせに対してどう推論したら良いのでしょうか。しかも、子供も犬も動くのです。ならば動作に対する記号も必要です。記号の世界が、囲碁将棋と比べものにならないほど、広くて複雑です。そして瞬間瞬間で先読み、すなわち記号推論をして、行動を決定しなければなりません。囲碁将棋とは探索空間の形がだいぶ違うと思いますが、推論という意味では同じです。探索空間が定義出来れば、理屈的には囲碁将棋のように学習して推論できるでしょう。しかし、探索空間の定義をどうやったら良いのでしょうか？アレフゼロのように勝ち負け、つまり、「良い運転と悪い運転。絶対にあってはならない状態(事故)」のような評価結果だけ教えてやれば、あとは深層学習可能なものでしょうか？しかも、「犬とラクダの違いが認識難しい」というセンシングと認識の脆弱性もあります。上に書いたように、囲碁将棋にセンシングの問題はありません。ただし、形勢判断と探索の融合の問題が似ています。日本の将棋AIでは、最近深層学習が導入されたばかりであり、まだ完全に解決されていません。深層学習系のソフトは終盤の読みが苦手とされているのです。(Googleは解決済だと思います)複雑な現実の問題解決においては、認識の失敗を記号推論で訂正してやることがきわめて重要です。まさにこれこそが深層学習認識と記号推論の融合として課題になっているものの一つです。「ラクダが横断歩道にいるわけが無いから、あれは子供の着ぐるみだ。止まらねば！」というように、ラベルの張替えを行なって推論結果を変える必要があるのです。Googleのブローブカーは、日夜、世界中を走り回って、膨大な量のデータを学習しています。彼らはGoogleマップのビジネスがあるので、広告料を稼ぎながら、AI自動運転の研究ができるのです。私はAIへの過度な期待は全く持っておらず、AIでできることには依然として懐疑的ですが、アレフゼロを知って以来、自動運転に関しては、ある程度できるようになるのではないか、という考えになってきました。高速道路での手放し運転は既に実用化されていますし、一般道での限定的実験もそれなりにやられています。日本のAI研究開発は大丈夫でしょうか？トヨタは、全車種に通信機能を標準装備し始めました。2019年発売のRAV4あたりがその先陣です。そして、毎週、おらの運転に対して「安全運転100点、エコ運転70点」の採点をしたデータがサーバに記録されてスマホで何時でも見られるのです。ひとつの狙いは、自動運転のための学習データ収集にあるはずです。今は無料ですがやがて有料契約に移行します。おらは広告載せても良いから無料にしてほしいなあと思います。でも車には強いトヨタですが、Googleのサーバとは比べ物にならないです。AUと協業しているはずですが、自動運転の能力が学習と記号推論能力で決まるとすると、日本メーカーはトヨタですら、Googleには全く敵わないでしょう。AIについていろいろ考えると、夢が膨らんで楽しいのですが、トヨタですら大変だろうな、と思って、日本の将来がますます不安になります。]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2022-02-27T05:36:37+00:00</published><updated>2022-02-27T05:36:39+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>2年くらいからホットな話ですが、その後、どのくらい進展しているのでしょうか？</p><p>「深層学習と記号推論の本質的な融合」</p><p>口で言うのは簡単ですが、「記号推論」の計算量は、どれくらいでしょうか。また、記号の定義(学習)がどれくらいできるものなのでしょうか。</p><p class="">ここのところ、Googleのアレフゼロの凄さについて考えていたのですが、実は意外と囲碁将棋の探索空間は狭いのではないか、という考えに、おらはなりつつあります。</p><p>もちろん人間にとっては十分広いですが…</p><p>「着手可能」な選択肢の広さと、「形勢判断に概ね十分な先読みの手数」の深さで、探索空間の大きさが決まります。</p><p>よく言われるのは天文学的な数字ですが、それがほんとなら、いくらアレフゼロが大規模並列処理をやっているとはいえ、一日で学習できて、せいぜい数分で推論できるとは思えません。</p><p>また、囲碁将棋は、特徴量の表現が、きわめて限られています。記号の集合がきわめて狭いのです。しかもセンシングは不要で(リコーは将棋の自動採譜を画像認識で作りましたがきわめてセンシングが簡単です（笑）)、記号の意味は現実世界への写像が不要で、意味解釈(形勢判断)がそれなりに近似できます。だから、アレフゼロは一日で特徴量が抽出できる、すなわち深層学習できるのです。</p><p>囲碁将棋は解決してしまった問題です。</p><p>未解決で、記号推論が必要で、まさにAIチャレンジしがいのある課題はなんでしょうか。</p><p>医療画像診断は研究が盛んで、実用可能な疾病も増えてきていると思いますが、これは深層学習による画像認識であり、記号推論は現状では無いと思います。</p><p>疾病により画像の特徴量が変わるので、学習が必要です。プラットフォームがひとつあって、それを動かせば色々な診断システムが出来上がるのなら良いのですが、学習のためのデータをどうするか。医学生のアルバイトを使って画像にラベル付けを行うようなことも考えられますが、実現はなかなか大変です。記号推論の融合という話とは別の難しい課題です。</p><p>記号推論が必要なのは、画像処理なら先日書いたようなコンテキストの問題とか、自然言語理解とか、判断の必要な高度な車輌自動運転などがあると思います。</p><p>車輌の自動運転には、きわめて興味があります。画像処理は必須ですが、画像処理結果に対してどう行動するかの部分では、記号推論が必要なのではないかと思います。</p><p>例えば、横断歩道のところで子供が手を上げて立っています。あるいは犬が歩いています。あるいは主婦が立ち話をしています。横断歩道に信号はあるのか。車輌の速度はどれくらい出ているか。斜め後方から自転車が追い抜いてこないか。法令では、渡ろうとしている人がいたら、横断歩道前で停止しなければなりません。</p><p>画像に対して特徴量を抽出して子供や犬のラベルを記号として自動付与することは、現状でかなりできるようになりました。横断歩道の認識はもっと容易でしょう。しかし記号の組み合わせに対してどう推論したら良いのでしょうか。</p><p>しかも、子供も犬も動くのです。ならば動作に対する記号も必要です。記号の世界が、囲碁将棋と比べものにならないほど、広くて複雑です。そして瞬間瞬間で先読み、すなわち記号推論をして、行動を決定しなければなりません。</p><p>囲碁将棋とは探索空間の形がだいぶ違うと思いますが、推論という意味では同じです。探索空間が定義出来れば、理屈的には囲碁将棋のように学習して推論できるでしょう。しかし、探索空間の定義をどうやったら良いのでしょうか？アレフゼロのように勝ち負け、つまり、「良い運転と悪い運転。絶対にあってはならない状態(事故)」のような評価結果だけ教えてやれば、あとは深層学習可能なものでしょうか？</p><p>しかも、「犬とラクダの違いが認識難しい」というセンシングと認識の脆弱性もあります。</p><p>上に書いたように、囲碁将棋にセンシングの問題はありません。ただし、形勢判断と探索の融合の問題が似ています。日本の将棋AIでは、最近深層学習が導入されたばかりであり、まだ完全に解決されていません。深層学習系のソフトは終盤の読みが苦手とされているのです。(Googleは解決済だと思います)</p><p>複雑な現実の問題解決においては、認識の失敗を記号推論で訂正してやることがきわめて重要です。まさにこれこそが深層学習認識と記号推論の融合として課題になっているものの一つです。</p><p>「ラクダが横断歩道にいるわけが無いから、あれは子供の着ぐるみだ。止まらねば！」というように、ラベルの張替えを行なって推論結果を変える必要があるのです。</p><p>Googleのブローブカーは、日夜、世界中を走り回って、膨大な量のデータを学習しています。彼らはGoogleマップのビジネスがあるので、広告料を稼ぎながら、AI自動運転の研究ができるのです。</p><p>私はAIへの過度な期待は全く持っておらず、AIでできることには依然として懐疑的ですが、アレフゼロを知って以来、自動運転に関しては、ある程度できるようになるのではないか、という考えになってきました。高速道路での手放し運転は既に実用化されていますし、一般道での限定的実験もそれなりにやられています。</p><p>日本のAI研究開発は大丈夫でしょうか？</p><p>トヨタは、全車種に通信機能を標準装備し始めました。2019年発売のRAV4あたりがその先陣です。そして、毎週、おらの運転に対して「安全運転100点、エコ運転70点」の採点をしたデータがサーバに記録されてスマホで何時でも見られるのです。ひとつの狙いは、自動運転のための学習データ収集にあるはずです。今は無料ですがやがて有料契約に移行します。おらは広告載せても良いから無料にしてほしいなあと思います。</p><p>でも車には強いトヨタですが、Googleのサーバとは比べ物にならないです。AUと協業しているはずですが、自動運転の能力が学習と記号推論能力で決まるとすると、日本メーカーはトヨタですら、Googleには全く敵わないでしょう。</p><p>AIについていろいろ考えると、夢が膨らんで楽しいのですが、トヨタですら大変だろうな、と思って、日本の将来がますます不安になります。</p>
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[11世紀からは温暖化で産業が発展]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/28840998/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/858763/a9efa5af333c58ad0e244993bc0368ea_ff3d0299aa80d683d27173365f551b90.jpg"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/28840998</id><summary><![CDATA[出口治朗「全世界史（上）」新潮文庫は、日本史と世界史を統合して全世界の流れがよくわかるように書かれている名著です。以下の内容は、この本によります。ぜひ、この本を買って、直接読んでください。１１世紀（1001年~）は第５千年紀の始まりです。この１１世紀からの３００年は、地球の温暖化が進み、農業や交易が発展した時期です。人類の活動は活発です。人口が増大しています。ユーラシア大陸の人口は、2500万人程度。1300年には7500万人程度に増えます。３００年で３倍になるのです。世界人口も2.6億から3.7億に増えます。欧州では、三圃（さんぽ）式農業が発展しました。これは、輪作の確立であり、夏季、冬季、そして、休耕期の３期間に分けて農業を行ないます。土地が有効活用され、農業生産量が増大したのだと思います。商業が発展、市民階級が成長し、地中海交易が盛んに行われました。イスラム教は、インドやアフリカに浸透していきました。そして、十字軍が始まり、キリスト教とイスラム教の戦いが始まることになります。ここでは、主に、東ユーラシアについて書きます。11世紀の始まりの象徴的な出来事は、1004年の澶淵の盟（せんえんのめい）です。これは、北宋とキタイ(遼)の間にて結ばれた盟約です。キタイは916年に出来た遊牧民の国で、モンゴル高原と中国北部を支配しています。キタイはキャセイ航空のキャセイの語源になっています。キタイは、大軍を南下させて漢民族の国、宋に向かっていましたが、この盟約により不戦、融和の状況が訪れました。宋がキタイに銀や絹を与え、キタイが宋の物品を購入するので宋の経済も潤うという、いわばODA政府援助の仕組みです。以後、クビライが中国を統一するまで、300年間、ユーラシアの東部は澶淵の盟のシステ厶相当の枠組みが続きます。宋は、澶淵の盟の効果で経済活動が盛んになり、国が豊かになりましたが、放漫経営に陥りました。軍隊や官僚組織が肥大化し、財政を圧迫したのです。1067年に、20歳の神宗が即位すると、政治改革を唱えていた王安石を登用しました。王安石は、構造改革を実施した名宰相と呼ばれています。零細農民への低利貸付、大商人の独占や買い占めを禁止、資産に比例する課税、軍兵の再編、科挙の試験内容を詩や韻文から儒学の経典に変更など、合理主義に基づく法制化により、格差縮小、中間層の拡大により経済を活性化させました。(なんか、今の日本に必要な政策ばかりだと思いませんか！？)12世紀になると、ヨーロッパではルネサンス文化が開花します。1095年から始まった十字軍は、当初こそ、イスラム軍に勝利しましたが、イスラムが体制を立て直すとヨーロッパの軍は歯が立たなくなり、エルサレムを奪回されてしまいます。キタイと宋の共存が続いていたユーラシア東方では、遊牧民(女真族)国家の金が誕生し、宋と結んでキタイを挟撃しました。金は強力な軍隊を誇り、独力でキタイに勝利。1125年、キタイは中央アジアへ逃げ、金がモンゴル高原を支配します。金の強さを恐れた宋は、キタイ残党と組んで金を討とうとしますが、逆に敗北。金は、宋を江南地方へ追いやって中国北部を押さえます。これ以降の宋は、南宋と呼ばれます。首都は南京です。 1138年、南宋と金は和議を結び、澶淵の盟と同様の契約を結びました。南宋は、宋と比べて領土は半減しましたが、経済的な繁栄は続いたのです。やがてテムジン(チンギス・カアン)が1206年にモンゴル帝国を樹立し、金を追いやって版図を広げ、1276年にモンゴル帝国の五代カアンであるクビライが南宋を無傷で接収。クビライは現実主義で不世出の政治家でした。そうそう、統一により暇になった軍隊を活用すべく、日本にまで攻め寄せてます。2度の元寇は、モンゴル帝国の余剰軍隊に悪さをさせない為に与えた失業対策だったんですね（笑）日本にとっては、北条政権が滅ぶ原因にもなった一大事でしたが、世界最大強国からしたら、端っこでの小競り合いだったのではないかと思います。日本の神風は凄いという人がよく居ますが。。。クビライの優れた統治策は、世界初の、今に言うグローバリゼーション政策でした。減税により自由貿易を促進し、国籍を問われずに自由に往来した人達が、経済を回したのです。科挙も廃止しました。書物の出版も促進しました。イデオロギーが薄い現実主義で世の中の活気が増したのだと思います。凄い有能な政治家です。モンゴルの歴史は、カアンを巡る抗争とか、イスラムとの戦いとか、世界地図の作成など文化面でも興味深いことがたくさんありますが、またの機会にします。今回は、絵を載せるだけにします。おらが描きました（笑）人類史上空前絶後の大帝国となったモンゴル帝国ですが、この後、14世紀、ふたつの原因で倒れます。それは、なんと、寒冷化とペストです。交易促進が感染症拡大を招き、気候変動が農業に打撃を与えます。世界は、発展から、暗転。まさに、現代を思わせるような状況であり、とても興味深いです。ヨーロッパやイスラムのことも、またの機会に書きたいです。]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2021-12-28T23:53:09+00:00</published><updated>2021-12-29T06:32:34+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>出口治朗「全世界史（上）」新潮文庫は、日本史と世界史を統合して全世界の流れがよくわかるように書かれている名著です。以下の内容は、この本によります。</p><p>ぜひ、この本を買って、直接読んでください。</p><p><br></p><p>１１世紀（1001年~）は第５千年紀の始まりです。</p><p>この１１世紀からの３００年は、地球の温暖化が進み、農業や交易が発展した時期です。</p><p>人類の活動は活発です。人口が増大しています。ユーラシア大陸の人口は、2500万人程度。1300年には7500万人程度に増えます。３００年で３倍になるのです。</p><p>世界人口も2.6億から3.7億に増えます。</p><p>欧州では、三圃（さんぽ）式農業が発展しました。これは、輪作の確立であり、夏季、冬季、そして、休耕期の３期間に分けて農業を行ないます。土地が有効活用され、農業生産量が増大したのだと思います。商業が発展、市民階級が成長し、地中海交易が盛んに行われました。</p><p>イスラム教は、インドやアフリカに浸透していきました。そして、十字軍が始まり、キリスト教とイスラム教の戦いが始まることになります。</p><p><br></p><div>ここでは、主に、東ユーラシアについて書きます。</div><p><br></p><div>11世紀の始まりの象徴的な出来事は、1004年の澶淵の盟（せんえんのめい）です。これは、北宋とキタイ(遼)の間にて結ばれた盟約です。</div><div>キタイは916年に出来た遊牧民の国で、モンゴル高原と中国北部を支配しています。キタイはキャセイ航空のキャセイの語源になっています。</div><div><br></div><div>キタイは、大軍を南下させて漢民族の国、宋に向かっていましたが、この盟約により不戦、融和の状況が訪れました。</div><div>宋がキタイに銀や絹を与え、キタイが宋の物品を購入するので宋の経済も潤うという、いわばODA政府援助の仕組みです。</div><div><br></div><div>以後、クビライが中国を統一するまで、300年間、ユーラシアの東部は澶淵の盟のシステ厶相当の枠組みが続きます。</div><div><br></div><div>宋は、澶淵の盟の効果で経済活動が盛んになり、国が豊かになりましたが、放漫経営に陥りました。</div><div>軍隊や官僚組織が肥大化し、財政を圧迫したのです。</div><div><br></div><div>1067年に、20歳の神宗が即位すると、政治改革を唱えていた王安石を登用しました。</div><div>王安石は、構造改革を実施した名宰相と呼ばれています。</div><div>零細農民への低利貸付、</div><div>大商人の独占や買い占めを禁止、</div><div>資産に比例する課税、</div><div>軍兵の再編、</div><div>科挙の試験内容を詩や韻文から儒学の経典に変更など、</div><div>合理主義に基づく法制化により、格差縮小、中間層の拡大により経済を活性化させました。</div><div><br></div><div>(なんか、今の日本に必要な政策ばかりだと思いませんか！？)</div><div><br></div><div>12世紀になると、ヨーロッパではルネサンス文化が開花します。1095年から始まった十字軍は、当初こそ、イスラム軍に勝利しましたが、イスラムが体制を立て直すとヨーロッパの軍は歯が立たなくなり、エルサレムを奪回されてしまいます。</div><div><br></div><div>キタイと宋の共存が続いていたユーラシア東方では、遊牧民(女真族)国家の金が誕生し、宋と結んでキタイを挟撃しました。金は強力な軍隊を誇り、独力でキタイに勝利。1125年、キタイは中央アジアへ逃げ、金がモンゴル高原を支配します。</div><div><br></div><div>金の強さを恐れた宋は、キタイ残党と組んで金を討とうとしますが、逆に敗北。</div><div>金は、宋を江南地方へ追いやって中国北部を押さえます。これ以降の宋は、南宋と呼ばれます。首都は南京です。</div><div><br></div><div>&nbsp;1138年、南宋と金は和議を結び、澶淵の盟と同様の契約を結びました。</div><div>南宋は、宋と比べて領土は半減しましたが、経済的な繁栄は続いたのです。</div><div><br></div><div>やがてテムジン(チンギス・カアン)が1206年にモンゴル帝国を樹立し、金を追いやって版図を広げ、1276年にモンゴル帝国の五代カアンであるクビライが南宋を無傷で接収。</div><div><br></div><div>クビライは現実主義で不世出の政治家でした。</div><div><br></div><div>そうそう、統一により暇になった軍隊を活用すべく、日本にまで攻め寄せてます。</div><div>2度の元寇は、モンゴル帝国の余剰軍隊に悪さをさせない為に与えた失業対策だったんですね（笑）</div><div>日本にとっては、北条政権が滅ぶ原因にもなった一大事でしたが、世界最大強国からしたら、端っこでの小競り合いだったのではないかと思います。日本の神風は凄いという人がよく居ますが。。。</div><div><br></div><div>クビライの優れた統治策は、世界初の、今に言うグローバリゼーション政策でした。</div><div>減税により自由貿易を促進し、国籍を問われずに自由に往来した人達が、経済を回したのです。科挙も廃止しました。書物の出版も促進しました。イデオロギーが薄い現実主義で世の中の活気が増したのだと思います。凄い有能な政治家です。</div><div><br></div><div>モンゴルの歴史は、カアンを巡る抗争とか、イスラムとの戦いとか、世界地図の作成など文化面でも興味深いことがたくさんありますが、またの機会にします。</div><div><br></div><div>今回は、絵を載せるだけにします。おらが描きました（笑）</div><div><br></div><div>人類史上空前絶後の大帝国となったモンゴル帝国ですが、この後、14世紀、ふたつの原因で倒れます。</div><div><br></div><div>それは、なんと、寒冷化とペストです。</div><div>交易促進が感染症拡大を招き、</div><div>気候変動が農業に打撃を与えます。</div><div><br></div><div>世界は、発展から、暗転。</div><div><br></div><div>まさに、現代を思わせるような状況であり、とても興味深いです。</div><div><br></div><div>ヨーロッパやイスラムのことも、またの機会に書きたいです。</div><div><br></div><div><br></div><p><br></p>
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			<p>デルタ株による第5波は、９月から減衰に入り、１０月、１１月と、急速に収まりました。年末を迎え、日本の感染状況は、これまでにないくらいに落ち着いています。しかし、感染者が急激に減少した原因は、明確になっていません。ワクチン接種効果も弱まってきているとの見方が有力であり、二回接種者の再感染も増えてきています。</p><p>そんななか、南アフリカに発したオミクロン株の感染が、全世界で広がり始めました。日本でも、空港検疫の強化策を迅速に取りましたが、入国者４名の感染が確認されていた昨日、さらに８名の感染が発覚しました。オミクロン陽性発覚者と同一機内に居た全員は、濃厚接触者として、指定施設での待機や自宅待機が要請されますが、完全にウィルス侵入を防ぐことは不可能です。</p><p>今朝(12月12日)TBSのサンデーモーニングで、どこかの研究者が、新型コロナで重症化しにくい原因の可能性があるHLAが特定できた、のような話をしていました。例の謎々効果（FactorX）です。アジアや日本人は重症化しにくい原因は何か、特別な理由があるのではないか、と昨年の第一波のときに、話題になりました。</p><p>中和抗体の話ではありません。感染して、細胞にウイルスが入り込んだ後の話です。細胞内でウイルス抗原が分解されてペプチドになり、HLAと反応すると、できた分子がT細胞へウイルス抗原だということを提示する手がかりとなります。そうすると、それを見つけたキラーT細胞が、俺の出番だと活躍し、傷ついた細胞を攻撃して、ウィルスの増殖を抑えるのです。</p><p>参考文献：「宮坂昌之：新型コロナ７つの謎、講談社ブルーバックス(2020).」<br></p><p>HLAは遺伝で引き継がれますから、どんなHLAを持っているかは、民族差や個体差が大きいそうです。宮坂先生の本を見てみたら、HLAの話が出ていて、民族によって違うのではないか、しかし、まだそういうHLAが何かは、まだ分かっていない、特定出来ていない、のようなことが書いてありました。</p><p>これが、分かってきたのでしょうか？　コロナの重症化に関係するHLAが特定出来たら、治療薬が大きく進展するのではないか、と期待したくなります。</p><p>TBSのサンデーモーニングでは、また、オミクロンが感染力はデルタの4倍あったとしても、かかったあとの重症化率は3割で低く、6割のデルタの半分以下(南アフリカのデータ)？のような話も紹介していました。もしそうなら、風邪よりは遥かに大変ですが、少し明るい材料ではあります。</p><p>少しずつ色々なことがわかってきて、対策が進歩して、ウイルスも、だんだん人類と共存する方向に変異していくのでしょうか。IPS細胞の研究者、山中先生は、これまでに「コロナとの戦いは長い。しかし必ず乗り越えられる！」と力強く説いておられます。一市民にも、実感として肌に感じられるようになってきた感があります。</p><p>コロナとの戦いを、どのような人々が、どのように戦ったか(逃げたか、目を逸らしたかを含めて)、興味深く見ていきたいと、わたしは、ますます強く思います。</p>
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[新型コロナを思う（２）ウィルスについて]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/22339931/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/858763/3f5309efdee6b1a6c94cbee9b5da0231_76b7e1cc9ae86e6ff9122d70dac42e6a.jpg"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/22339931</id><summary><![CDATA[２０２１年９月５日に、以下を書きかけでした。ちょうどデルタ株による第５波の感染拡大期で、東京が「医療崩壊」していた状況が、治まる兆しが見え始めたころです。１０月１７日の今日現在、東京の新規感染者数は100人以下の日が続いています。緊急事態宣言は９月３０日までで解除され、その後のリバウンド防止策も終了となります。第５波は、なぜか、急激に、収束しました。その原因は、ワクチン接種率の上昇や、人々の行動変容、医療や高齢者施設での対策進化、など複合的なものではないか、という見方が多いようですが、いずれも推測であり、本当のところはよく分かっていません。人々が安堵したのは確かであり、世間の空気は緩んでいます。夜の街の人出、各種イベント、会食や飲み会、旅行を再開する人の数も増加しているようです。私は、このままでは、また10月末にも感染者数拡大の方向に転じるのではないか、と危惧しています。唯一の望みは、エラーカタストロフィによりデルタ株が変異して自滅に向かったのではないか、ということです。しかし、一方では、感染力が更に強力な次の変異が始まっているのではないか、という不安が同じくらい、あります。専門家のかたには、第６波に備えた医療体制の改良、特に、医療崩壊しないための病床やスタッフ増強のための有効な施策を強くお願いしたいと思います。そして、以前として少ないPCR検査の拡大は、当然必要です。街角で気軽に無料PCR検査を受けられるようにすべきだと思います。そして、大量のモニタリングにより、無症状者含めた感染状況の正確な把握と、ウィルスの分析を行ないながら、なぜ急激に第５波が収束したのかについて、データに基づく検討を深めてほしいと思います。では、以下は９月５日に書いたメモです：--------------------------新規感染者の88％は会食経験者、という記事を先日、目にしました。そのときのある調査による数値です。家庭内、職場内、施設内のクラスタがものすごく増えていますから、いまは、違う数値かもしれません。実態がわかりにくいのが、日本のコロナ対策です(笑)東京や神奈川の感染者数が減っていっていますが、全く油断はできません。いっぽう、大阪や全国的には、まだ増えているところもあると思います。なにせ、デルタ株は猛烈な感染力です。台湾では追跡により「ゴミ出しですれ違ったときに感染」の事例があることは先日FBに書きました。おらには、衝撃的な事例ですが、以前も街ですれ違って感染、との記事があったので真実だと思います。台湾は、コロナに打ち勝ったので、デルタ株の侵入を防ぎきれていませんが、追跡する力をまだ確保しています。台湾、凄いです。日本全体は危機的状況です。しかし、奇妙にも、新たな対策が、大々的に取られているようには見えません。司令塔不在の日本の感染対策です。これをもって、政府はよくやっているとか、菅首相は頑張った、などと、とても言えるものではありません。ワクチンは決して順調に進んでいません。そして、「切り札」とのメッセージで過度な期待を広げてしまっています。医療従事者には、今にも折れそうな人が大勢いるのではないかと、とても心配です。なのに、一般国民は、相変わらず、不思議な「楽観バイアス」に包まれているようです。今日も、近所のレストランは、近距離ノーマスクでお喋りしながら食事する人たちで、ごったがえししていました。お世辞にも換気が良いとは言えないレストランもあります。理解できません。まあ、何度ここに書いたことか、わかりませんが(笑)とにかく、先が見えませんが、庶民に出来ることは、デルタ株向けに緊張感を高めることだけです。そして、気持ちが折れないように、人々の行動変容や、政府の対策の進化や、新たな治療法、ワクチンの進歩に、淡く期待していくしかありません。ということで、いまさらですが、基本を見直しています(笑)昨年春の気分に戻りましょう！■ウィルスとは何か。どうやって感染するか。まずは、新型コロナウィルスとは何か。どうやって感染して、体内で増えていくのか、簡単に復習してみました。また、心の中を写真のようなポンチ絵に書いてみました。絵画療法です(笑)曖昧な見えない問題に対しては、ストレスが高まります。不都合なものもきちんと見据えることが、ストレスを弱め、問題に立ち向かう力を与えてくれるのです。しつこいようですが、古市氏のような「楽観論」（本が売れているようです(笑)）に毒されたらいけません。きちんと考える力が弱まり、進歩が止まります。逃避は、致命的な失敗へ通じる道の重みを、大きく下げるのです。。。。また話が逸れました(笑)新型コロナウイルスは直径が0.1マイクロメートル。とても小さいので光学顕微鏡では見えません。電子顕微鏡ならば見えます。ウィルスは生物ではありません。遺伝情報を持っていますが、自分ではエネルギーもタンパク質も作れません。増殖できないのです。これに対して、細菌は生物です。大きさも１マイクロメートル以上と大きくて、光学顕微鏡で見えます。新型コロナウィルスは、ゲノム(RNA)、Nタンパク質(スクレオプロティン)、そして複合体がエンベロープに包まれています。エンベロープは、3つの分子が一緒になって三重体をなしているSタンパク質が、外側に向かって90本突き出ています。他にもMタンパク質やEタンパク質からなります。感染は、次のプロセスで起こります。①Sタンパク質が受容体のACE2と結合する。ACE2とは、アンジオテンシン転換酵素2です。②Sタンパク質がTMPRSS2(タンパク質分解酵素)により切断される。③宿主(人)の細胞膜と融合ここまでで10分くらいの時間がかかります。④取り込まれたウイルスは、宿主細胞のエンドソームの中に入り、RNAが露出します。⑤RNAが複製される。⑥構造タンパク質SP(N,E,Sなど)が小胞体からゴルジ体という袋に移り、複製されたRNAと共に、新たなウイルス粒子を形成する。⑦細胞外に放出(出芽、エキソサイトーシスという)。このように、感染して、宿主細胞に入り込み、構造たんぱく質とRNAが宿主の細胞を利用して増殖していくのが、ウィルス増殖の仕組みであると言えます。新型コロナウィルスの受容体は、気道の細胞（鼻、喉）に多くあります。腸にもあります。血管内皮細胞にもあります。自然界が作り出した、この奇妙な「もの」。これによって、いま、人間社会を揺るがすバンデミックが起きています。下記を参考にしました。良本です。ぜひ、お買い求めください。「宮坂昌之：新型コロナ７つの謎、講談社ブルーバックス(2020).」写真は、筆者のオリジナルです。無断複製は（したい人はいないでしょうが(笑)）ご遠慮ください。]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2021-10-17T07:48:02+00:00</published><updated>2021-10-17T07:49:34+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>２０２１年９月５日に、以下を書きかけでした。ちょうどデルタ株による第５波の感染拡大期で、東京が「医療崩壊」していた状況が、治まる兆しが見え始めたころです。</p><p>１０月１７日の今日現在、東京の新規感染者数は100人以下の日が続いています。緊急事態宣言は９月３０日までで解除され、その後のリバウンド防止策も終了となります。</p><p>第５波は、なぜか、急激に、収束しました。その原因は、ワクチン接種率の上昇や、人々の行動変容、医療や高齢者施設での対策進化、など複合的なものではないか、という見方が多いようですが、いずれも推測であり、本当のところはよく分かっていません。</p><p>人々が安堵したのは確かであり、世間の空気は緩んでいます。夜の街の人出、各種イベント、会食や飲み会、旅行を再開する人の数も増加しているようです。</p><p>私は、このままでは、また10月末にも感染者数拡大の方向に転じるのではないか、と危惧しています。唯一の望みは、エラーカタストロフィによりデルタ株が変異して自滅に向かったのではないか、ということです。しかし、一方では、感染力が更に強力な次の変異が始まっているのではないか、という不安が同じくらい、あります。</p><p>専門家のかたには、第６波に備えた医療体制の改良、特に、医療崩壊しないための病床やスタッフ増強のための有効な施策を強くお願いしたいと思います。そして、以前として少ないPCR検査の拡大は、当然必要です。街角で気軽に無料PCR検査を受けられるようにすべきだと思います。</p><p>そして、大量のモニタリングにより、無症状者含めた感染状況の正確な把握と、ウィルスの分析を行ないながら、なぜ急激に第５波が収束したのかについて、データに基づく検討を深めてほしいと思います。</p><p><br></p><p>では、以下は９月５日に書いたメモです：</p><p>--------------------------</p><p>新規感染者の88％は会食経験者、という記事を先日、目にしました。そのときのある調査による数値です。家庭内、職場内、施設内のクラスタがものすごく増えていますから、いまは、違う数値かもしれません。実態がわかりにくいのが、日本のコロナ対策です(笑)</p><p>東京や神奈川の感染者数が減っていっていますが、全く油断はできません。いっぽう、大阪や全国的には、まだ増えているところもあると思います。</p><p>なにせ、デルタ株は猛烈な感染力です。台湾では追跡により「ゴミ出しですれ違ったときに感染」の事例があることは先日FBに書きました。おらには、衝撃的な事例ですが、以前も街ですれ違って感染、との記事があったので真実だと思います。</p><p>台湾は、コロナに打ち勝ったので、デルタ株の侵入を防ぎきれていませんが、追跡する力をまだ確保しています。台湾、凄いです。</p><p>日本全体は危機的状況です。しかし、奇妙にも、新たな対策が、大々的に取られているようには見えません。司令塔不在の日本の感染対策です。</p><p>これをもって、政府はよくやっているとか、菅首相は頑張った、などと、とても言えるものではありません。ワクチンは決して順調に進んでいません。そして、「切り札」とのメッセージで過度な期待を広げてしまっています。</p><p>医療従事者には、今にも折れそうな人が大勢いるのではないかと、とても心配です。</p><p>なのに、一般国民は、相変わらず、不思議な「楽観バイアス」に包まれているようです。</p><p>今日も、近所のレストランは、近距離ノーマスクでお喋りしながら食事する人たちで、ごったがえししていました。お世辞にも換気が良いとは言えないレストランもあります。理解できません。</p><p>まあ、何度ここに書いたことか、わかりませんが(笑)</p><p>とにかく、先が見えませんが、庶民に出来ることは、デルタ株向けに緊張感を高めることだけです。そして、気持ちが折れないように、人々の行動変容や、政府の対策の進化や、新たな治療法、ワクチンの進歩に、淡く期待していくしかありません。</p><p>ということで、いまさらですが、基本を見直しています(笑)</p><p>昨年春の気分に戻りましょう！</p><p>■ウィルスとは何か。どうやって感染するか。</p><p>まずは、新型コロナウィルスとは何か。どうやって感染して、体内で増えていくのか、簡単に復習してみました。また、心の中を写真のようなポンチ絵に書いてみました。絵画療法です(笑)</p><p>曖昧な見えない問題に対しては、ストレスが高まります。不都合なものもきちんと見据えることが、ストレスを弱め、問題に立ち向かう力を与えてくれるのです。しつこいようですが、古市氏のような「楽観論」（本が売れているようです(笑)）に毒されたらいけません。きちんと考える力が弱まり、進歩が止まります。逃避は、致命的な失敗へ通じる道の重みを、大きく下げるのです。。。。また話が逸れました(笑)</p><p>新型コロナウイルスは直径が0.1マイクロメートル。とても小さいので光学顕微鏡では見えません。電子顕微鏡ならば見えます。</p><p>ウィルスは生物ではありません。遺伝情報を持っていますが、自分ではエネルギーもタンパク質も作れません。増殖できないのです。これに対して、細菌は生物です。大きさも１マイクロメートル以上と大きくて、光学顕微鏡で見えます。</p><p>新型コロナウィルスは、ゲノム(RNA)、Nタンパク質(スクレオプロティン)、そして複合体がエンベロープに包まれています。</p><p>エンベロープは、3つの分子が一緒になって三重体をなしているSタンパク質が、外側に向かって90本突き出ています。他にもMタンパク質やEタンパク質からなります。</p><p>感染は、次のプロセスで起こります。</p><p>①Sタンパク質が受容体のACE2と結合する。ACE2とは、アンジオテンシン転換酵素2です。</p><p>②Sタンパク質がTMPRSS2(タンパク質分解酵素)により切断される。</p><p>③宿主(人)の細胞膜と融合</p><p>ここまでで10分くらいの時間がかかります。</p><p>④取り込まれたウイルスは、宿主細胞のエンドソームの中に入り、RNAが露出します。</p><p>⑤RNAが複製される。</p><p>⑥構造タンパク質SP(N,E,Sなど)が小胞体からゴルジ体という袋に移り、複製されたRNAと共に、新たなウイルス粒子を形成する。</p><p>⑦細胞外に放出(出芽、エキソサイトーシスという)。</p><p>このように、感染して、宿主細胞に入り込み、構造たんぱく質とRNAが宿主の細胞を利用して増殖していくのが、ウィルス増殖の仕組みであると言えます。</p><p>新型コロナウィルスの受容体は、気道の細胞（鼻、喉）に多くあります。腸にもあります。血管内皮細胞にもあります。</p><p>自然界が作り出した、この奇妙な「もの」。これによって、</p><p>いま、人間社会を揺るがすバンデミックが起きています。</p><p><br></p><p>下記を参考にしました。良本です。ぜひ、お買い求めください。</p><p>「宮坂昌之：新型コロナ７つの謎、講談社ブルーバックス(2020).」</p><p>写真は、筆者のオリジナルです。無断複製は（したい人はいないでしょうが(笑)）ご遠慮ください。</p>
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			<p>新型コロナウィルスによるパンデミック。生きている間に、このようなことが世の中に起きるとは、まったく想像していなかった。そう言う人も多いのではないでしょうか。</p><p>コロナ禍は、人間社会に大きな影響を与えました。ワクチンが有効になれば、人類が滅びることはなさそうです。つまり、いずれは感染そのものは収まっていくと思いますが、そのときの社会は、コロナ前と同じに戻れるでしょうか？多くの人が、そうではないと感じているようです。それは、単に、第二、第三のウィルスが出現して再びこのような禍が起きるという感染学的な不安だけではなくて、コロナ禍が、現代社会に潜む根本的な問題をあからさまに見せてくれたことに由来する不安ではないでしょうか。</p><p>社会の仕組みがうまく行かなくなっている。多かれ少なかれ、この不安は２１世紀になってじわじわと人々の中に広がっていったように私は思います。人類は、さまざまな問題を抱えていて、それは解決できなくなっているのではないか。経済、エネルギー、食糧、高齢化と人口問題、自然災害の激甚化、環境汚染、温暖化、テロや軍事的緊張、人権侵害と差別、そして格差拡大。この問題を抱えるためだと思うのですが、政治は常に不安定で、人々の暮らしは刹那的・享楽的になってきています。</p><p>そこに起きたパンデミック。ともかくも人類は対症療法的な対策に全力を上げているのが、まさに今の現状です。いわば非常時が１年半も続いている中で、人類の抱えている問題の多くが棚上げされています。あるいは、コロナ対策に名を借りて、政治家や財界人が利己的な行動を取ることによって、一部の問題をますます深刻にしています。</p><p>「サピエンス全史」の著者ハラリ教授は、コロナ禍は民主主義の危機であり、国民は権力者を監視しなければならない、と警鐘をならしています。しかし、我が国日本では、長年続いた硬直的な政治体制によって、監視機構は機能不全に陥っているように見えます。まじかに迫った五輪開催というわかりやすい問題ですら、うまく対処できないという現状です。世論は混乱し、不安は増大し、自治体の対応も混乱しています。</p><p>個人としては、できることが限られています。手洗い・消毒・マスクの自粛生活を「要請」され、疲れが蓄積しています。しかし、生活を前に進めなければなりません。私にできることは、生きるための日々の仕事やルーティーンを行ないながら、「コロナ禍とは何なのかを考える」ことで、コロナのつらさを思考の楽しみに変えて、少しでも人生を意欲的な方面に向けられたらよいなあ、と思います。</p><p>次回から、いろいろな話題を考えたいですが、まずは、生物学、医療、感染学的な側面でよくわからないことを、復習していきたいと思っています。</p>
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[ソシュール　その５　線状性]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/17263714/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/858763/e317fcda587d2641ffb56d617187a30b_dfa280016b1c978930e8066d66e3a347.jpg"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/17263714</id><summary><![CDATA[今回も、町田健先生の「ソシュールと言語学」、講談社現代新書より抜粋しています。この本は、とても良い本ですので、ぜひ、購入されたほうがよいと思います。「ソシュールのコトバの第一原理は「恣意性」でした。 これは意味と音素列の関係が固定的で決まったものではない、という原理です。
このことは、コトバが時代とともに変化し、また、同時代でも、地域や話す人の属性によって違い得る（変異と呼びます）ことにほかなりません。  ここでは、次に、第二原理について述べます。 ソシュールが定義したコトバの第二原理は、言語記号の「線状性」です。 線状性とは、単語が一列に並ぶ性質です。

単語の表示部は音素列であり、音素列に対応する音声を私たちはコトバによる伝達のときに知覚します。
二つ以上の音声を同時に発声することはできないので、音声は必ず一列に並びます。
このことから音素列も一列に並ぶことになり、音素列を表示部とする記号としての単語も一列に並ぶことになります。  交通標識のような図形は、一つで一つの事柄を表すのであり、複数が並んで別の事柄を表す仕組みにはなっていません。同じ種類の記号が並ぶことで何らかのまとまった意味を表すようにはなっていないのです。 絵画は、記号を並べて一つの意味を表すものと考えることができます。しかし、絵画は平面上に配列され、線状性はありません。
記号が線状的に配列されるという性質は、コトバの本質を決定するために大きな役割を果たしていると考えられます。  「腹をくくる」「水をさす」のような熟語は、単語の選択や並べ方が言語によって厳密に決まっています。
「木で鼻をくくる（不愛想）」と言いますが鼻と木を入れ替えることはできず、「鼻で木をくくる」とは言いません。
熟語における語順は、熟語に限らず日本語の性質として備わっています。「水をのむ」は「水をさす」と同じ語順ですが、熟語ではありません。
複合語の「たこ焼き」は「焼きだこ」とは違う意味です。並べられた順番が、意味の違いにつながります。
語順の決まりは、線状性があることに由来すると考えられます。」]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2021-04-27T11:23:30+00:00</published><updated>2021-04-27T11:25:30+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>今回も、町田健先生の「ソシュールと言語学」、講談社現代新書より抜粋しています。</p><p>この本は、とても良い本ですので、ぜひ、購入されたほうがよいと思います。</p><p>「ソシュールのコトバの第一原理は「恣意性」でした。&nbsp;これは意味と音素列の関係が固定的で決まったものではない、という原理です。
このことは、コトバが時代とともに変化し、また、同時代でも、地域や話す人の属性によって違い得る（変異と呼びます）ことにほかなりません。&nbsp;</p><p>&nbsp;ここでは、次に、第二原理について述べます。</p><p>&nbsp;ソシュールが定義したコトバの第二原理は、言語記号の「線状性」です。&nbsp;</p><p>線状性とは、単語が一列に並ぶ性質です。

単語の表示部は音素列であり、音素列に対応する音声を私たちはコトバによる伝達のときに知覚します。
二つ以上の音声を同時に発声することはできないので、音声は必ず一列に並びます。
このことから音素列も一列に並ぶことになり、音素列を表示部とする記号としての単語も一列に並ぶことになります。&nbsp;</p><p>&nbsp;交通標識のような図形は、一つで一つの事柄を表すのであり、複数が並んで別の事柄を表す仕組みにはなっていません。同じ種類の記号が並ぶことで何らかのまとまった意味を表すようにはなっていないのです。&nbsp;</p><p>絵画は、記号を並べて一つの意味を表すものと考えることができます。しかし、絵画は平面上に配列され、線状性はありません。
記号が線状的に配列されるという性質は、コトバの本質を決定するために大きな役割を果たしていると考えられます。&nbsp;</p><p>&nbsp;「腹をくくる」「水をさす」のような熟語は、単語の選択や並べ方が言語によって厳密に決まっています。
「木で鼻をくくる（不愛想）」と言いますが鼻と木を入れ替えることはできず、「鼻で木をくくる」とは言いません。
熟語における語順は、熟語に限らず日本語の性質として備わっています。</p><p>「水をのむ」は「水をさす」と同じ語順ですが、熟語ではありません。
複合語の「たこ焼き」は「焼きだこ」とは違う意味です。並べられた順番が、意味の違いにつながります。
語順の決まりは、線状性があることに由来すると考えられます。」<br></p><p><br></p><p data-placeholder=""><br></p>
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現代の言語学からすると、文を扱わないとは信じ難いですが、20世紀初頭の頃の学問としては、その段階のものだったのでしょうか？ …………… 「単語は、音素列と意味が結びついた記号です。ソシュールの用語では、音素列は「聴覚映像」、意味は「概念」と呼ばれます。
ソシュールは、音や図形などの人間が知覚できる表象に意味が結びついたものを「記号」と呼びました。交通標識や場所の案内板、救急車のサイレンなども記号になります。 ここで注意しなければならないのは、同じ図形や音などの表象は、誰にとっても同じ意味を表すように決められたものと定義されなければならない、ということです。記号には本質的に「社会性」があることになります。」 …………… →記号には「意味」がある、ということですね。「意味」は目に見えませんから、それを「表象」するものが「記号」と言えます。「単語」が「音素列と意味を結びつける記号」である、というのは、そうなんでしょうね、と言うくらいの感想です。 …………… 「ソシュールは、記号の意味と表象を表すための特別の用語を作りました」……………  →意味:シニフィエ(所記、能記)→町田先生の本では内容部と呼ばれ、
表象:シニフィアン(記号内容、記号表現)→表示部と呼ばれています。
ソシュールの時代の言語学では、音素や音素列が主な関心でしたが、コトバの本質に意味が重要であることを明らかにした点で、コトバを記号の1種だとすることの利点がありました。
また、別の利点として、記号には図形(例:駐車禁止の標識のような図形)もあるので、コトバと図形の違い(例:図形は2次元だがコトバは1次元)のように、他の記号と比べることでコトバの持つ性質が際立って見えるという利点もあります。 …………… 「ソシュールはコトバと比較することで、他の様々な記号の性質を明らかにすることができると考えました。このことからソシュールは記号学の祖とも呼ばれるようになりました。」…………… 言葉がすっかり軽くなってしまった現代。内容は原始的と言わざるを得ませんが、あらためてソシュールを考えることは、ひじょうに大切なことだと思います。]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2021-03-16T09:44:01+00:00</published><updated>2021-03-16T09:59:49+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>「ラングの単位として、ソシュールは音素と単語を想定しました。&nbsp;</p><p>コトバは意味を伝える手段なので、「太郎が来た」のような文もラングの単位に伝えなければならないと思うのですが、文はあまりにも多様であり、ラングに要請される規則性を備えていないので、ラングの単位としては認めないと、ソシュールは述べています」&nbsp;</p><p>→なあんだ、という感じです。
現代の言語学からすると、文を扱わないとは信じ難いですが、20世紀初頭の頃の学問としては、その段階のものだったのでしょうか？&nbsp;</p><p>……………&nbsp;</p><p>「単語は、音素列と意味が結びついた記号です。ソシュールの用語では、音素列は「聴覚映像」、意味は「概念」と呼ばれます。
ソシュールは、音や図形などの人間が知覚できる表象に意味が結びついたものを「記号」と呼びました。交通標識や場所の案内板、救急車のサイレンなども記号になります。&nbsp;</p><p>ここで注意しなければならないのは、同じ図形や音などの表象は、誰にとっても同じ意味を表すように決められたものと定義されなければならない、ということです。記号には本質的に「社会性」があることになります。」&nbsp;</p><p>……………&nbsp;<br></p><p>→記号には「意味」がある、ということですね。「意味」は目に見えませんから、それを「表象」するものが「記号」と言えます。「単語」が「音素列と意味を結びつける記号」である、というのは、そうなんでしょうね、と言うくらいの感想です。&nbsp;</p><p>……………&nbsp;<br></p><p>「ソシュールは、記号の意味と表象を表すための特別の用語を作りました」</p><p>……………&nbsp;<br></p><p>&nbsp;→意味:シニフィエ(所記、能記)→町田先生の本では内容部と呼ばれ、
表象:シニフィアン(記号内容、記号表現)→表示部と呼ばれています。
ソシュールの時代の言語学では、音素や音素列が主な関心でしたが、コトバの本質に意味が重要であることを明らかにした点で、コトバを記号の1種だとすることの利点がありました。
また、別の利点として、記号には図形(例:駐車禁止の標識のような図形)もあるので、コトバと図形の違い(例:図形は2次元だがコトバは1次元)のように、他の記号と比べることでコトバの持つ性質が際立って見えるという利点もあります。&nbsp;</p><p>……………&nbsp;<br></p><p>「ソシュールはコトバと比較することで、他の様々な記号の性質を明らかにすることができると考えました。このことからソシュールは記号学の祖とも呼ばれるようになりました。」</p><p>……………&nbsp;<br></p><p>言葉がすっかり軽くなってしまった現代。内容は原始的と言わざるを得ませんが、あらためてソシュールを考えることは、ひじょうに大切なことだと思います。</p>
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			<img src="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/858763/aaf0eca63ba27ee7c0ae7884f0ddcb51_df6ea5e0741bf2cae6eb2eb2179d16c3.jpg?width=960" width="100%">
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[新型コロナウィルスを恐れない心理]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/11757265/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/858763/36d54add4fe00a9ac1eadbda85b30c95_817765643feadaf3f05b4fa95058bb4e.jpg"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/11757265</id><summary><![CDATA[（１）第三波が来てしまいました新型コロナウィルスの感染が拡大しています。東京都では、今日(11月29日)、新たに418人が新型コロナウイルスに感染したことが確認されました。  日曜日に400人を超えたのは初めてであり、感染拡大のピークが見えません。 年代別では20代が110人、30代が70人、と、依然として若い人が多いですが、40代が80人、65歳以上が55人と、高年齢者層に広がっています。重症者の数はきのうから変わらず67人ですが、増加傾向が続いています。東京都の重症者ベッド数は公式には最大150ですが、現実にはそれより少ない数しか対応できないと言われており、現場からの悲痛な叫びがSNSにあふれている様子から見ると、各病院は、医療崩壊の直前にあると言っても過言ではない状態です。（２）第三波をもたらしたGOTO東京だけではなく、日本全国でも感染者増加が止まりません。こうなったのは、明らかにGOTOトラベルやGOTOイートが原因です。政府や専門家会議では、GOTOが感染拡大の原因となったエビデンスはない、と主張しています。果たしてそうでしょうか？そうでないエビデンスも、ほかの考えられる原因も、どちらも存在しません。人の移動がコロ拡大の最大ファクターであり、移動が無ければ新規感染は起きません。直接的接触（飛沫感染など）と間接的接触（物への付着ウィルスを介した）の両方がありますが、「人と（物経由含めて）人」の接触以外の感染要因は、無視できるわずかな要因（物から物、ペット(笑)）以外には、無いのです。（３）人々の行動にお願いするだけのコロナ対策このままでは、感染爆発により、医療崩壊するのではないか。さすがに、分科会の専門家たちから、「人々の自主的な行動に頼る時期は過ぎた」と声が上がりました。しかし、菅総理が26日に出した声明は、この3週間が極めて重要な時期だとして、マスクの着用や手洗い、「3密」の回避といった基本的な感染防止対策を徹底するよう国民に協力を呼びかける、という「国民へのお願い」に過ぎないものでした。保健所支援や病床確保指示は出したようですが、感染拡大に対しては、まったくの「無対策」と言えるメッセージです。GOTOトラベルについては、大阪と札幌を目的地とする旅行だけではなく、出発地とする旅行も中止すると表明しましたが、東京については、今後どうするかも含め、まったく触れられませんでした。東京都は、GOTOトラベルは、政府の責任と繰り返し主張しています。連日の新規感染５００人超えに、ようやく、26日に飲食店に対する営業時間短縮の要請と40万円の補償対策を表明しましたが、これで感染減少に転じるものでしょうか？私は、悲観的に見ています。その理由を以下では少し書きたいと思います。（４）「根拠の無い楽観主義」は「非科学的な心理」「コロナは風邪」
「コロナウイルスは検出されていない」
「コロナ感染は陰謀」
という、とんでもない話が、若い人にけっこう流布しています。 騙されるのが不思議なくらい馬鹿な話ですが、
「現実を見たくない」
「不都合な真実を受け入れたくない」
という心理が根底にあるのでしょう。 困ったものです。
この心理は、安倍政権や菅政権の支持者にも共通する心理だと、私は考えています。この心理は、現実や事実より、夢や願望を選んでしまうという心理なのです。ヒットラーに踊らされたドイツ国民も、共通する心理があったのではないでしょうか？ 感染対策をあまりせずに、密も気にせず行動し、「自分はコロナにかからない」「感染しても大したことない」と開き直るような人にも、共通します。 「確率の低いことは自分には起きない」という「根拠の無い楽観主義」にも通じます。こうなってくると、若い人だけではなく、高齢者も含め、たくさんの人に当てはまります。 この究極は、「日本モデル」とか「日本凄い」です(笑)「PCR検査は精度が悪くて役に立たないから抑制すべき」
も、同じくらい愚かな話ですが、未だに騙されている人が多いです。
「クラスタ対策で十分」というニセ専門家の話を信じたいのでしょう。そのほうが、心地よいからです。 PCR検査抑制は、PCRの大量検査を行なう力のない日本の現実から目を背けさせるために、厚労省や感染研が喧伝している嘘です。
国民にお金を使いたくないから、大量検査に保険適用をしたくないのでしょう。
こんな「検査抑制論」のような馬鹿なことを言っている先進国は、日本だけです。
日本は、先進国ではない、という証です。（５）「withコロナ」の幻想この「根拠の無い楽観主義」や「不都合な真実を受け入れたくない」のような心理が、「withコロナ」などいうバカげた概念を正当化しました。「withコロナ」なんて幻想だと私は思います。飲食時の感染リスクが大きいことが分かってきました。飛沫感染の届く距離も、想定以上に長いようです。マスクをつけたりはずしたりしながら食べる、なんて不可能な生活様式です。このようなバカげた行動を強いるのがwithコロナ、というあり得ない幻想です。そして、「根拠の無い楽観主義」や「非科学的な心理」と合わさって、コロナとともに生活できる、という奇妙な心理が生まれたのです。尾身先生の「マスク外し自演」は、実はこのことを国民に自覚させる巧妙なお芝居だったのではないでしょうか？もしかしたら、専門家の意見を聞かない愚かな政府に対する精一杯の道化だったのかもしれません。。。withコロナは、「経済復興をコロナ感染よりも優先させて考えた」から生まれた政策です。withコロナが可能であると考えられる根拠は、ありませんでした。クラスタ対策でコロナを撲滅できなかった（検索を抑制するのですから、当たり前です！）以上、withコロナしかありえなかったのです。その結果、第三波が起こるべくして起こった、と私は思います。「根拠の無い楽観主義」や「不都合な真実を受け入れたくない」→「だからwithコロナ]第三波は、このような心理が生んだ結果でもあると、私は思うのです。（６）「感染リスク」と「費用節約」の秤緊急事態解除以降、人々の行動は若干は以前のように戻りましたが、多くの人、特に高齢者は、緊急事態とほとんど変わらぬ行動自粛を続けていました。感染へとつながる行動は、科学的な思考に基づくものではありません。コロナの危険性を理解し、感染リスクを恐れる判断力、軽率な行動が社会に対して感染を広げるという想像力、そして、それからもたらされる自己抑制力があれば、外食や旅行など気軽にできるものでは、ありません。多くの人は自粛を続けています。しかし、GOTOの開始により、外食や旅行に出かける人が増え、特に飲食のときの感染が増えていきました。緊急事態終了時でも、東京には感染者が新たに出続けていたため、無症状者も含め、感染の連鎖は脈々と続き、拡大のきっかけを待っていたのです。そして、感染は、職場や家庭へと拡大してしまいました。感染リスクよりも、わずかな費用節約を優先する。おかしいと思いませんか？秤にかけて見ませんか？　(感染確率)x(感染時にうしなうもの)と、(感染しない確率)x(費用節約で得るもの)のいわゆる期待値を比べてみる考え方もあるでしょう。しかし、コロナの後遺症はお金で解決できる問題ではありません。ましてや高齢者には高い死亡リスクがあるのです。そして、感染は周囲に多大な影響をもたらすのです。仕事で止むを得ず、というのなら別ですが、娯楽での外食や旅行に出かけるという判断は、コロナ感染が収束していない状況では、私は合理的な判断ではあり得ないと思います。(注：若い人で、さらに、職場や家庭へ感染を持ち込むことを気にしないのなら、そういう判断はあり得ると思います。自分が感染してもよい、と考える人はそれなりに居るでしょう。）それは、「自分はコロナにかからない」「感染しても大したことない」、あるいは「確率の低いことは自分には起きない」という「根拠の無い楽観主義」という「非科学的な心理」からのみ、もたらされる判断ではないでしょうか。（７）「非科学的な心理」につけこむ悪魔の政策GOTOイートやGOTOトラベルは、そのような心理につけこんだ悪魔の施策だったと言わざるを得ないのです。「非科学的な心理」が社会に広がってしまった限り、第三波は、人々の行動変容に期待するだけでは、すみやかに感染減少に転じることは無いだろうと思います。緊急事態のときには無かった「マスクをしていれば大丈夫」「withコロナで気を付ければ大丈夫」という心理が広がってしまったことが、多くのスプレッダーを依然として行動継続させることでしょう。感染させてならなかったのは、コロナだけではなく、それ以上に、「非科学的な心理」だったと思うのです。]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2020-11-29T11:58:58+00:00</published><updated>2021-10-17T07:51:04+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>（１）第三波が来てしまいました</p><p>新型コロナウィルスの感染が拡大しています。東京都では、今日(11月29日)、新たに418人が新型コロナウイルスに感染したことが確認されました。&nbsp; 日曜日に400人を超えたのは初めてであり、感染拡大のピークが見えません。</p><p>&nbsp;年代別では20代が110人、30代が70人、と、依然として若い人が多いですが、40代が80人、65歳以上が55人と、高年齢者層に広がっています。重症者の数はきのうから変わらず67人ですが、増加傾向が続いています。</p><p>東京都の重症者ベッド数は公式には最大150ですが、現実にはそれより少ない数しか対応できないと言われており、現場からの悲痛な叫びがSNSにあふれている様子から見ると、各病院は、医療崩壊の直前にあると言っても過言ではない状態です。</p><p><br></p><p>（２）第三波をもたらしたGOTO</p><p>東京だけではなく、日本全国でも感染者増加が止まりません。こうなったのは、明らかにGOTOトラベルやGOTOイートが原因です。</p><p>政府や専門家会議では、GOTOが感染拡大の原因となったエビデンスはない、と主張しています。果たしてそうでしょうか？</p><p>そうでないエビデンスも、ほかの考えられる原因も、どちらも存在しません。人の移動がコロ拡大の最大ファクターであり、移動が無ければ新規感染は起きません。直接的接触（飛沫感染など）と間接的接触（物への付着ウィルスを介した）の両方がありますが、「人と（物経由含めて）人」の接触以外の感染要因は、無視できるわずかな要因（物から物、ペット(笑)）以外には、無いのです。</p><p><br></p><p>（３）人々の行動にお願いするだけのコロナ対策</p><p>このままでは、感染爆発により、医療崩壊するのではないか。さすがに、分科会の専門家たちから、「人々の自主的な行動に頼る時期は過ぎた」と声が上がりました。</p><p>しかし、菅総理が26日に出した声明は、この3週間が極めて重要な時期だとして、マスクの着用や手洗い、「3密」の回避といった基本的な感染防止対策を徹底するよう国民に協力を呼びかける、という「国民へのお願い」に過ぎないものでした。保健所支援や病床確保指示は出したようですが、感染拡大に対しては、まったくの「無対策」と言えるメッセージです。GOTOトラベルについては、大阪と札幌を目的地とする旅行だけではなく、出発地とする旅行も中止すると表明しましたが、東京については、今後どうするかも含め、まったく触れられませんでした。<br></p><p>東京都は、GOTOトラベルは、政府の責任と繰り返し主張しています。連日の新規感染５００人超えに、ようやく、26日に飲食店に対する営業時間短縮の要請と40万円の補償対策を表明しましたが、これで感染減少に転じるものでしょうか？私は、悲観的に見ています。その理由を以下では少し書きたいと思います。</p><p><br></p><p>（４）「根拠の無い楽観主義」は「非科学的な心理」</p><p>「コロナは風邪」
「コロナウイルスは検出されていない」
「コロナ感染は陰謀」
という、とんでもない話が、若い人にけっこう流布しています。&nbsp;騙されるのが不思議なくらい馬鹿な話ですが、
「現実を見たくない」
「不都合な真実を受け入れたくない」
という心理が根底にあるのでしょう。&nbsp;</p><p>困ったものです。
この心理は、安倍政権や菅政権の支持者にも共通する心理だと、私は考えています。この心理は、現実や事実より、夢や願望を選んでしまうという心理なのです。ヒットラーに踊らされたドイツ国民も、共通する心理があったのではないでしょうか？&nbsp;</p><p>感染対策をあまりせずに、密も気にせず行動し、「自分はコロナにかからない」「感染しても大したことない」と開き直るような人にも、共通します。&nbsp;</p><p>「確率の低いことは自分には起きない」という「根拠の無い楽観主義」にも通じます。こうなってくると、若い人だけではなく、高齢者も含め、たくさんの人に当てはまります。&nbsp;</p><p>この究極は、「日本モデル」とか「日本凄い」です(笑)</p><p>「PCR検査は精度が悪くて役に立たないから抑制すべき」
も、同じくらい愚かな話ですが、未だに騙されている人が多いです。
「クラスタ対策で十分」というニセ専門家の話を信じたいのでしょう。そのほうが、心地よいからです。</p><p>&nbsp;PCR検査抑制は、PCRの大量検査を行なう力のない日本の現実から目を背けさせるために、厚労省や感染研が喧伝している嘘です。
国民にお金を使いたくないから、大量検査に保険適用をしたくないのでしょう。
こんな「検査抑制論」のような馬鹿なことを言っている先進国は、日本だけです。
日本は、先進国ではない、という証です。<br></p><p><br></p><p>（５）「withコロナ」の幻想</p><p>この「根拠の無い楽観主義」や「不都合な真実を受け入れたくない」のような心理が、「withコロナ」などいうバカげた概念を正当化しました。「withコロナ」なんて幻想だと私は思います。</p><p>飲食時の感染リスクが大きいことが分かってきました。飛沫感染の届く距離も、想定以上に長いようです。マスクをつけたりはずしたりしながら食べる、なんて不可能な生活様式です。このようなバカげた行動を強いるのがwithコロナ、というあり得ない幻想です。そして、「根拠の無い楽観主義」や「非科学的な心理」と合わさって、コロナとともに生活できる、という奇妙な心理が生まれたのです。尾身先生の「マスク外し自演」は、実はこのことを国民に自覚させる巧妙なお芝居だったのではないでしょうか？もしかしたら、専門家の意見を聞かない愚かな政府に対する精一杯の道化だったのかもしれません。。。</p><p>withコロナは、「経済復興をコロナ感染よりも優先させて考えた」から生まれた政策です。withコロナが可能であると考えられる根拠は、ありませんでした。クラスタ対策でコロナを撲滅できなかった（検索を抑制するのですから、当たり前です！）以上、withコロナしかありえなかったのです。</p><p>その結果、第三波が起こるべくして起こった、と私は思います。</p><p>「根拠の無い楽観主義」や「不都合な真実を受け入れたくない」→「だからwithコロナ]</p><p>第三波は、このような心理が生んだ結果でもあると、私は思うのです。<br></p><p><br></p><p>（６）「感染リスク」と「費用節約」の秤</p><p>緊急事態解除以降、人々の行動は若干は以前のように戻りましたが、多くの人、特に高齢者は、緊急事態とほとんど変わらぬ行動自粛を続けていました。</p><p>感染へとつながる行動は、科学的な思考に基づくものではありません。コロナの危険性を理解し、感染リスクを恐れる判断力、軽率な行動が社会に対して感染を広げるという想像力、そして、それからもたらされる自己抑制力があれば、外食や旅行など気軽にできるものでは、ありません。多くの人は自粛を続けています。<br></p><p>しかし、GOTOの開始により、外食や旅行に出かける人が増え、特に飲食のときの感染が増えていきました。緊急事態終了時でも、東京には感染者が新たに出続けていたため、無症状者も含め、感染の連鎖は脈々と続き、拡大のきっかけを待っていたのです。そして、感染は、職場や家庭へと拡大してしまいました。<br></p><p>感染リスクよりも、わずかな費用節約を優先する。おかしいと思いませんか？秤にかけて見ませんか？　(感染確率)x(感染時にうしなうもの)と、(感染しない確率)x(費用節約で得るもの)のいわゆる期待値を比べてみる考え方もあるでしょう。しかし、コロナの後遺症はお金で解決できる問題ではありません。ましてや高齢者には高い死亡リスクがあるのです。そして、感染は周囲に多大な影響をもたらすのです。</p><p>仕事で止むを得ず、というのなら別ですが、娯楽での外食や旅行に出かけるという判断は、コロナ感染が収束していない状況では、私は合理的な判断ではあり得ないと思います。(注：若い人で、さらに、職場や家庭へ感染を持ち込むことを気にしないのなら、そういう判断はあり得ると思います。自分が感染してもよい、と考える人はそれなりに居るでしょう。）</p><p data-placeholder=""><br></p><p>それは、「自分はコロナにかからない」「感染しても大したことない」、あるいは「確率の低いことは自分には起きない」という「根拠の無い楽観主義」という「非科学的な心理」からのみ、もたらされる判断ではないでしょうか。</p><p><br></p><p>（７）「非科学的な心理」につけこむ悪魔の政策</p><p>GOTOイートやGOTOトラベルは、そのような心理につけこんだ悪魔の施策だったと言わざるを得ないのです。</p><p>「非科学的な心理」が社会に広がってしまった限り、第三波は、人々の行動変容に期待するだけでは、すみやかに感染減少に転じることは無いだろうと思います。緊急事態のときには無かった「マスクをしていれば大丈夫」「withコロナで気を付ければ大丈夫」という心理が広がってしまったことが、多くのスプレッダーを依然として行動継続させることでしょう。</p><p>感染させてならなかったのは、コロナだけではなく、それ以上に、「非科学的な心理」だったと思うのです。</p>
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(要約終わり） ラングとパロールについては、正直よくわかりません。「ラングは抽象的な性質」と言われても、ぴんときませんでした(笑)。あまり気にしないことにして、先に進みます(笑) 意味については、「混沌とした思想の全体を切り分けた一つの部分」という説明があるようですが、これは、集合論的な考え方に近いと思います。興味深いですね。 ソシュールは「意味」をあまり追いかけていないようなので、町田先生は、「ネコ」を例にして、「集合の性質」という説明を補足しています。 「ネコはニャーと鳴く」「ペンギンは飛ばない」「かぼちゃの馬車」などの例が出てくると、いかにも言語学の話っぽくて、ふだん仕事で、単語の「意味」と言えば、AI（人工知能）での細かくてとても面倒な言語特徴量の計算に食傷気味である身としては、きわめて安らぎます(笑)。]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2020-11-29T08:46:32+00:00</published><updated>2020-11-29T08:55:53+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>今回も、「ソシュールと言語学」町田健、講談社現代新書　より要約です。先が長いので、かなり飛ばすことにします。&nbsp;</p><p>「言葉（コトバ＝日本語や英語を個別の「言語」とすると、それらに共通する一般的な言語のことをコトバと書くことにします）の働きの本質が、前回見たように、話し手から聞き手へと同じ意味が伝達されることにあるとすれば、同じ意味が伝達される過程に関わる要素が重要ということになります。&nbsp;</p><p>ソシュールは、これをラングと呼びました。</p><p>&nbsp;人間のコトバは、具体的には、日本語とか英語のような個別的な言語として実現されます。ソシュールがラングとしたのは、この個別的言語のことと言えます。ソシュールの講義を弟子たちがまとめた「一般言語学講義」には、「コトバ」に相当する特別の用語はありません。ソシュールは、コトバの本質を探究するための手がかりは、具体的な言語のうちにしかないと考えていたようです。&nbsp;</p><p>一方、個別言語を作っている要素のうちで、意味の伝達に関係しない要素については、ソシュールはこれをパロールと呼びました。&nbsp;</p><p>ラングとパロールを合わせた個別言語の全体像がランガージュです。&nbsp;</p><p>ここで、意味とは何か。ソシュールは、意味の定義を厳密に行なっていません。「概念」と呼んでいますが、用語として使っているだけです。話し手から聞き手に意味が伝達される過程の説明や、「単語の意味は社会的に決定される」という主張から、任意の聞き手や話し手によって「同じ」と判断される単語の内容のことを概念、すなわち意味、と考えていたようです。&nbsp;</p><p>「講義」の第二部第四節には、「単語が表す意味は、混沌とした思想の全体を切り分けた一つの部分」という説明があります。「思想」が何かははっきりせず、遺稿集には「思想と意味は同じもの」という記載もあるので、よくわからないところですが、世界を構成する事物（モノや事柄）を何らかの基準で切り分けた結果の部分だと解釈しているようです。</p><p>例えば、ネコという単語の意味は、世界を構成する事物の一部、すなわちネコであるモノの集合であり、ネコという単語の意味を知っているとは、「ニャーと鳴く」とか「ネズミを捕まえる」という種族全体の性質を知っているということです。</p><p>このように、意味は抽象的なものなので、ラングは抽象的な性質を持ちます。そして、パロールは個別言語のうちで具体的に現れてくる要素を指すことになります。」
(要約終わり）&nbsp;</p><p>ラングとパロールについては、正直よくわかりません。「ラングは抽象的な性質」と言われても、ぴんときませんでした(笑)。あまり気にしないことにして、先に進みます(笑)&nbsp;</p><p>意味については、「混沌とした思想の全体を切り分けた一つの部分」という説明があるようですが、これは、集合論的な考え方に近いと思います。興味深いですね。&nbsp;</p><p>ソシュールは「意味」をあまり追いかけていないようなので、町田先生は、「ネコ」を例にして、「集合の性質」という説明を補足しています。&nbsp;</p><p>「ネコはニャーと鳴く」「ペンギンは飛ばない」「かぼちゃの馬車」などの例が出てくると、いかにも言語学の話っぽくて、ふだん仕事で、単語の「意味」と言えば、AI（人工知能）での細かくてとても面倒な言語特徴量の計算に食傷気味である身としては、きわめて安らぎます(笑)。<br></p>
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[ソシュール その2 　　 意味の伝達 ]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/11623803/"></link><link rel="enclosure" type="image/jpeg" href="https://cdn.amebaowndme.com/madrid-prd/madrid-web/images/sites/858763/8a3247b3083eb025a978cfa1d693c163_b354032045506bf07c38f383b64a0911.jpg"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/11623803</id><summary><![CDATA[今回も「ソシュールと言語学」町田健 講談社現代新書より、要約です。 「ソシュールの分析は、「一般言語学講義」(以後、「講義」)に書かれている。これはソシュールが1907年から1911年にかけて半年ずつ行なった3回の講義をもとに、弟子たちが出版した本である。「講義」は、人間の言葉がどんな仕組みを持っているか、言葉がなぜ通じるか、を解明することを目的とした本だった。比較言語学は、諸言語の歴史を明らかにはするが、言葉が持つ普遍性を明らかにすることは出来なかったのである。ソシュールは、比較言語学に熟達することで、具体的な言語事実を客観的に処理する姿勢を身につけた。そのうえで、諸言語についての正確で幅広い知識をもとに、事実から一般的な性質を導き出すという確実な方法で言葉の普遍性に迫ろうとした。単なる抽象的な議論の展開ではなかったので、言語学に新たな展開をもたらすことができた。ソシュールが、現代言語学にもっとも大きな影響を与えた学者であることに異論を挟む言語学者はいない。 言葉がなぜ通じるか。ソシュールは、意味の伝達の仕組みを、次の図で表した(「講義」p.28) 話し手の頭の中で、ある概念が呼び起こされると、その概念に対して、ある言語の中で決まっている聴覚映像が対応させられる。その聴覚映像は、口や下などの音声器官によって具体的な音声として実現され、空気中を音波となって聞き手の耳に伝わっていく。聞き手は音波をもとに聴覚映像を作り上げ、聴覚映像に対応する概念を引き出すことで、話し手が伝えたかった意味を理解することになる。この過程が相互に繰り返されることで、ふたりの人間の間で意味を伝達するという行為が実現される。 音声と概念は全く性質が違う。音声は物理的な実体であるのに対し、概念はそうではない。それなのに、似ても似つかないふたつのものを、同じ言語を使う人々であれば、同じ対応のさせ方をする。考えてみればこれは不思議なことである。 言葉は、音声と意味を結びつける仕組みの総体である。ソシュールは、同じ言語を使う人々が共通して頭の中に持っている、音声から意味へ、意味から音声へという対応関係を決定するメカニズムの解明こそが言葉の本質を見極めることにほかならない、と考えたのである。」(要約終わり) ------- このように、音声を媒体として意味が伝えられるという当たり前のことが、ほんの100年ほど前に、ソシュールによって明確に図解されたようです。それ以前に、同様のことを言った人が居なかったのか不思議ですが、その辺のことは私にはよく分かりません。
しかし、言語の仕組みを説明する時の原点としてこの図を置いたことが、意味が話し手から聞き手に正しく伝わるという性質が言葉の本質的な部分であるとソシュールが考えていたことを示す証拠であると考えて良い、と町田先生は指摘しています。多分、それまでにそういう見方をした人は居なかったのでしょう。 聴覚映像、という用語は初めて知りました。概念と音波との間に仮定される言語依存のものをなにか仮定する必要があるのでしょうか。 今日は、ここまでです。]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2020-11-22T07:33:06+00:00</published><updated>2020-11-29T10:07:13+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>今回も「ソシュールと言語学」町田健 講談社現代新書より、要約です。&nbsp;</p><p>「ソシュールの分析は、「一般言語学講義」(以後、「講義」)に書かれている。これはソシュールが1907年から1911年にかけて半年ずつ行なった3回の講義をもとに、弟子たちが出版した本である。</p><p>「講義」は、人間の言葉がどんな仕組みを持っているか、言葉がなぜ通じるか、を解明することを目的とした本だった。比較言語学は、諸言語の歴史を明らかにはするが、言葉が持つ普遍性を明らかにすることは出来なかったのである。</p><p>ソシュールは、比較言語学に熟達することで、具体的な言語事実を客観的に処理する姿勢を身につけた。そのうえで、諸言語についての正確で幅広い知識をもとに、事実から一般的な性質を導き出すという確実な方法で言葉の普遍性に迫ろうとした。</p><p>単なる抽象的な議論の展開ではなかったので、言語学に新たな展開をもたらすことができた。ソシュールが、現代言語学にもっとも大きな影響を与えた学者であることに異論を挟む言語学者はいない。&nbsp;</p><p>言葉がなぜ通じるか。ソシュールは、意味の伝達の仕組みを、次の図で表した(「講義」p.28)&nbsp;</p><p>話し手の頭の中で、ある概念が呼び起こされると、その概念に対して、ある言語の中で決まっている聴覚映像が対応させられる。その聴覚映像は、口や下などの音声器官によって具体的な音声として実現され、空気中を音波となって聞き手の耳に伝わっていく。</p><p>聞き手は音波をもとに聴覚映像を作り上げ、聴覚映像に対応する概念を引き出すことで、話し手が伝えたかった意味を理解することになる。この過程が相互に繰り返されることで、ふたりの人間の間で意味を伝達するという行為が実現される。&nbsp;</p><p>音声と概念は全く性質が違う。音声は物理的な実体であるのに対し、概念はそうではない。それなのに、似ても似つかないふたつのものを、同じ言語を使う人々であれば、同じ対応のさせ方をする。考えてみればこれは不思議なことである。&nbsp;</p><p>言葉は、音声と意味を結びつける仕組みの総体である。</p><p>ソシュールは、同じ言語を使う人々が共通して頭の中に持っている、音声から意味へ、意味から音声へという対応関係を決定するメカニズムの解明こそが言葉の本質を見極めることにほかならない、と考えたのである。」</p><p>(要約終わり)&nbsp;</p><p>-------&nbsp;</p><p>このように、音声を媒体として意味が伝えられるという当たり前のことが、ほんの100年ほど前に、ソシュールによって明確に図解されたようです。</p><p>それ以前に、同様のことを言った人が居なかったのか不思議ですが、その辺のことは私にはよく分かりません。
しかし、言語の仕組みを説明する時の原点としてこの図を置いたことが、意味が話し手から聞き手に正しく伝わるという性質が言葉の本質的な部分であるとソシュールが考えていたことを示す証拠であると考えて良い、と町田先生は指摘しています。</p><p>多分、それまでにそういう見方をした人は居なかったのでしょう。&nbsp;</p><p>聴覚映像、という用語は初めて知りました。概念と音波との間に仮定される言語依存のものをなにか仮定する必要があるのでしょうか。&nbsp;</p><p>今日は、ここまでです。<br></p>
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]]></content></entry><entry><title><![CDATA[ソシュール　その１　比較言語学から現代言語学へ]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/11511923/"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/11511923</id><summary><![CDATA[言葉が通じなくなった政治を憂いています。何が失われているのか考えるため、言語学の初歩をおさらいすることにしました。
まあ、そんな大げさな話ではないのですが。 1900年からの歴史（20世紀）を勉強する中で、科学についても整理したいと思い、歴史シリーズの1905年に混ぜることにしたのですが、ソシュールは特に1905年には関係ありません。適当です(笑)1905年は相対論ですが、難しいので(笑) 私と言語学の関係は、そもそもは仕事からです。最初に勉強したのは、井上和子先生の「変形文法と日本語」という本ですね。いまから４０年も前のことです。当時、井上先生とこの本は、工学として計算機で言語処理をやっている研究者の間では引っ張りだこだったのです。
変形文法（あるいは生成文法）の話をすると長くなるので(笑)、それは置いておきます。青春の一時期、夢中になったので懐かしいですね。 変形文法は、言語学の中ではどういう位置づけか。そのときは、日本語を対象とした研究の中では、傍流ではないのかなあ、と思っていました。特に、もともと英語の文化圏から来た理論のようなので、日本語の学者の間では。。。。井上先生も記憶では本来は英語学者だったと思います。 最近の言語学では、どういうことが研究されているのか、非常に興味がありますね。あるいは、工学のほうでは、人工知能が大流行で、機械学習を使った言語処理が主流ですが、そのことが文科系の言語学では、どういう風に扱われているのか、も。おいおい、勉強してみたいと思っています。 とにかく、いまは、歴史シリーズの中で、２０世紀あたりから、ということなので、ソシュールから始めます。 まずは、その１「比較言語学から現代言語学へ」といったところですね。 以下は完全な受け売りです。「ソシュールと言語学」町田健先生、講談社現代新書　より、要約しました。 「ソシュール(1857-1913)は現代言語学の創始者。スイスのジュネーブに生まれた。言語学だけでなく、文化人類学、哲学、文学をはじめとする人文科学、更には数学や生物学などの自然科学にも大きな影響を与えた「構造主義」を創始した。 ジュネーブ大学に18歳で入学すると、当初は物理学や化学という自然科学系の分野を専攻したが、言語学への関心を次第に高めて、翌年ドイツのライプチヒ大学に移ってからは本格的に言語学を専門に研究を始めた。当時のドイツは「比較言語学」の世界的な中心地であった。
比較言語学は、意味と語形が似ている単語を比較して、祖先の言語を推察し、言語の辿ってきた歴史を解明する学問である。比較言語学によって、インドの古典語であるサンスクリット、ヨーロッパの古典語であるギリシア語やラテン語、そして、英語やドイツ語、ロシア語やアイルランド語などの祖先が一つであることが分かった。このインドからヨーロッパにかけての広い地域に広がっている諸言語の祖先を「インド・ヨーロッパ祖語」と言う。 ソシュールは1879年、21歳の若さにして、インド・ヨーロッパ祖語の母音がどうなっていたかという難問に明快な解決を与え、「インド・ヨーロッパ諸語の母音の原初体系に関する覚え書き」という本を出版して、比較言語学の学者の仲間入りを果たした。」 今日はここまでです。 おまけ：シャモニー モンブランのGoogleMap.
シャモニー モンブランはフランス、スイス、イタリアの国境に近いリゾート地で、単にシャモニーと呼ばれています。アルプス最高峰のモンブランのふもとはスキー客に人気があります。（GoogeMapより） シャモニーの広場には、ソシュールの曽祖父オラス・ベネディクト・ソシュールの銅像があるそうです。写真がネットにたくさんころがっていますので、検索してみてください。 彼は、博物学者で、モンブラン山初登頂への道筋をつけた功績でスイス人の誇りになっているとのこと。
というのは、1760年、ソシュールがモンブランへの登頂ルートを発見した者に賞金を与えると発表し、1786年に水晶取りのジャック・バルマと医師マイケル・ガブリエル・パカールが初登頂に成功したそうです。スイス人の間では、言語学者のソシュールより、曾祖父のほうが有名なそうです。。。。。。 いつか、シャモニーに行って、ソシュールの曾祖父の銅像を見てみたいですね。関係ないですが(笑)]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2020-11-14T04:40:01+00:00</published><updated>2020-11-14T04:49:02+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>言葉が通じなくなった政治を憂いています。何が失われているのか考えるため、言語学の初歩をおさらいすることにしました。
まあ、そんな大げさな話ではないのですが。&nbsp;</p><p>1900年からの歴史（20世紀）を勉強する中で、科学についても整理したいと思い、歴史シリーズの1905年に混ぜることにしたのですが、ソシュールは特に1905年には関係ありません。適当です(笑)</p><p>1905年は相対論ですが、難しいので(笑)&nbsp;</p><p>私と言語学の関係は、そもそもは仕事からです。最初に勉強したのは、井上和子先生の「変形文法と日本語」という本ですね。いまから４０年も前のことです。当時、井上先生とこの本は、工学として計算機で言語処理をやっている研究者の間では引っ張りだこだったのです。
変形文法（あるいは生成文法）の話をすると長くなるので(笑)、それは置いておきます。青春の一時期、夢中になったので懐かしいですね。&nbsp;</p><p>変形文法は、言語学の中ではどういう位置づけか。そのときは、日本語を対象とした研究の中では、傍流ではないのかなあ、と思っていました。特に、もともと英語の文化圏から来た理論のようなので、日本語の学者の間では。。。。井上先生も記憶では本来は英語学者だったと思います。</p><p>&nbsp;最近の言語学では、どういうことが研究されているのか、非常に興味がありますね。あるいは、工学のほうでは、人工知能が大流行で、機械学習を使った言語処理が主流ですが、そのことが文科系の言語学では、どういう風に扱われているのか、も。おいおい、勉強してみたいと思っています。</p><p><br></p><p>&nbsp;とにかく、いまは、歴史シリーズの中で、２０世紀あたりから、ということなので、ソシュールから始めます。&nbsp;</p><p><br></p><p>まずは、その１「比較言語学から現代言語学へ」といったところですね。&nbsp;</p><p>以下は完全な受け売りです。</p><p>「ソシュールと言語学」町田健先生、講談社現代新書　より、要約しました。</p><p>&nbsp;「ソシュール(1857-1913)は現代言語学の創始者。スイスのジュネーブに生まれた。言語学だけでなく、文化人類学、哲学、文学をはじめとする人文科学、更には数学や生物学などの自然科学にも大きな影響を与えた「構造主義」を創始した。&nbsp;</p><p>ジュネーブ大学に18歳で入学すると、当初は物理学や化学という自然科学系の分野を専攻したが、言語学への関心を次第に高めて、翌年ドイツのライプチヒ大学に移ってからは本格的に言語学を専門に研究を始めた。</p><p>当時のドイツは「比較言語学」の世界的な中心地であった。
比較言語学は、意味と語形が似ている単語を比較して、祖先の言語を推察し、言語の辿ってきた歴史を解明する学問である。比較言語学によって、インドの古典語であるサンスクリット、ヨーロッパの古典語であるギリシア語やラテン語、そして、英語やドイツ語、ロシア語やアイルランド語などの祖先が一つであることが分かった。このインドからヨーロッパにかけての広い地域に広がっている諸言語の祖先を「インド・ヨーロッパ祖語」と言う。</p><p>&nbsp;ソシュールは1879年、21歳の若さにして、インド・ヨーロッパ祖語の母音がどうなっていたかという難問に明快な解決を与え、「インド・ヨーロッパ諸語の母音の原初体系に関する覚え書き」という本を出版して、比較言語学の学者の仲間入りを果たした。」&nbsp;</p><p><br></p><p>今日はここまでです。&nbsp;</p><p>おまけ：シャモニー モンブランのGoogleMap.
シャモニー モンブランはフランス、スイス、イタリアの国境に近いリゾート地で、単にシャモニーと呼ばれています。アルプス最高峰のモンブランのふもとはスキー客に人気があります。（GoogeMapより）</p><p>&nbsp;シャモニーの広場には、ソシュールの曽祖父オラス・ベネディクト・ソシュールの銅像があるそうです。写真がネットにたくさんころがっていますので、検索してみてください。&nbsp;</p><p>彼は、博物学者で、モンブラン山初登頂への道筋をつけた功績でスイス人の誇りになっているとのこと。
というのは、1760年、ソシュールがモンブランへの登頂ルートを発見した者に賞金を与えると発表し、1786年に水晶取りのジャック・バルマと医師マイケル・ガブリエル・パカールが初登頂に成功したそうです。</p><p>スイス人の間では、言語学者のソシュールより、曾祖父のほうが有名なそうです。。。。。。</p><p>&nbsp;いつか、シャモニーに行って、ソシュールの曾祖父の銅像を見てみたいですね。</p><p>関係ないですが(笑)<br></p>
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	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[物理学奇跡の年 (1905年)]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/11135127/"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/11135127</id><summary><![CDATA[1905年は、Wikipediaによると、「アインシュタインが特殊相対性理論を発表。また同年、光量子仮説を導入。あわせて5つもの画期的な論文を発表し、物理学の奇跡の年」といわれています。しかし、ここでは、違う話題について触れたくなりました。今回は、石田英敬「現代思想の教科書」より多くを参考にしています。 19世紀末から20世紀初めには、多くの思想家が現れました。フロイト、ヴィトゲンシュタイン、そして、ハイデッガーです。 思想とは、人類が「人間とはなにか」という問題を色々な角度から突き詰めて考えることだと思います。
彼らの思想を見ると、20世紀には思想が「言語」に拠り所を求めるということが集中的に起こったと言えるそうです。
思想史では、これを「言語論的展開」と呼んでいるそうです。 1905年は、アインシュタインの相対性理論や光量子仮説が現れた年です。しかし、物理学を考えるのはまたの機会とし、ここでは、現代科学の始まりの時期であるこの頃に、歴史を考える上で重要な「思想」はどのようであったのかを考えてみたいのです。 とりわけ、まさに今、戦後の社会が大きく揺れ動いている。民主主義社会の上に構築された資本主義国家の行き詰まり、だと思うのですが、いわば国家基盤の脆弱化現象が起きています。 私はこの現象の重要な一側面に、「言語によるコミュニケーションの逆説的崩壊」があるのではないかと思います。(この論は追って書きたいのです。特に「逆説的」という意味が私のこだわりです（笑）) 1905年がとりわけ科学史では分かりやすいアインシュタインの年です。
それで、この年をきっかけに、科学について、物理などの自然科学はとりあえず今日は（笑）置いておいて、社会学や人文科学、特に、思想や言語学やコミュニケーション論への興味という立場から、この時代を見てみたくなったわけです。 これまでの4年間(私のメモではたった5回ですが（笑）)を振り返っておきます。この要約は私のオリジナル文章です。当たり前のことを書くのが大切なのです（笑）
復習ですね。 1900年。まさに世界は帝国主義が横暴を極めている印象です。
日露戦争は、日本が帝国主義国間の競走に参加したことが明確になった出来事です。
そして、産業的には、鉄鋼産業や交通網が発達し始めた時期であり、産業は国家間の戦争を支えると同時に自分もそれにより発展したわけです。 外交は非常に稚拙であり国際組織もまだほとんどできていません。しかし、各国は、公使館のような施設をそれぞれ置いて、戦争を避ける交渉を、帝国主義的論理ではありますが行なっています。 裏での戦費調達では国際経済や通貨の力学も、働き始めていたわけです。
通信技術は未発達で、国家間の意思疎通には時間がかかり、行き違いで避けられたかもしれない戦争の勃発を招く一因にもなりました。 そんな中で、列強には疲弊と不安定さがじわじわと染み渡ってきているようです。
ひとつは行き過ぎた海外派兵や紛争の負担の大きさであり、もうひとつは共産主義が芽生えて拡大してきている現象です。 で、5年目の今回は、人間や国家の間の意思疎通に欠かせない言語に焦点をあて、それであるからには「思想」にもいよいよ取り掛かる、という回にしたいのです。 折しも、学術会議任命拒否問題が勃発しました。
これは、「戦後の日本社会の民主主義」と「近代科学への敬意と信奉」を自分のアイディンテイの重要な両輪であると位置づけているような人にとっては、ダブルに信じ難い暴挙に映る出来事です。
このことを考えるのは急務ですが、急がば回れ。歴史を振り返る中で、目先の出来事だけでなく、足に地をつけてじっくりと考えていきたいです。 私の考えている「言語によるコミュニケーションの逆説的崩壊」は、デジタル社会を特徴付ける的確な表現だと思うのですが、その論を整理するための助走でもあります。 前置きが長くなりました（笑）
ひとまず1905年の第1回ということで、ここで休憩しましょう（笑）
次回はソシュールの言語学についてです。]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2020-10-28T12:59:26+00:00</published><updated>2020-11-14T04:48:34+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>1905年は、Wikipediaによると、「アインシュタインが特殊相対性理論を発表。また同年、光量子仮説を導入。あわせて5つもの画期的な論文を発表し、物理学の奇跡の年」といわれています。<br></p><p>しかし、ここでは、違う話題について触れたくなりました。</p><p>今回は、石田英敬「現代思想の教科書」より多くを参考にしています。&nbsp;</p><p>19世紀末から20世紀初めには、多くの思想家が現れました。フロイト、ヴィトゲンシュタイン、そして、ハイデッガーです。&nbsp;</p><p>思想とは、人類が「人間とはなにか」という問題を色々な角度から突き詰めて考えることだと思います。
彼らの思想を見ると、20世紀には思想が「言語」に拠り所を求めるということが集中的に起こったと言えるそうです。
思想史では、これを「言語論的展開」と呼んでいるそうです。</p><p>&nbsp;1905年は、アインシュタインの相対性理論や光量子仮説が現れた年です。しかし、物理学を考えるのはまたの機会とし、ここでは、現代科学の始まりの時期であるこの頃に、歴史を考える上で重要な「思想」はどのようであったのかを考えてみたいのです。&nbsp;</p><p>とりわけ、まさに今、戦後の社会が大きく揺れ動いている。民主主義社会の上に構築された資本主義国家の行き詰まり、だと思うのですが、いわば国家基盤の脆弱化現象が起きています。&nbsp;</p><p>私はこの現象の重要な一側面に、「言語によるコミュニケーションの逆説的崩壊」があるのではないかと思います。(この論は追って書きたいのです。特に「逆説的」という意味が私のこだわりです（笑）)&nbsp;</p><p>1905年がとりわけ科学史では分かりやすいアインシュタインの年です。
それで、この年をきっかけに、科学について、物理などの自然科学はとりあえず今日は（笑）置いておいて、社会学や人文科学、特に、思想や言語学やコミュニケーション論への興味という立場から、この時代を見てみたくなったわけです。&nbsp;</p><p>これまでの4年間(私のメモではたった5回ですが（笑）)を振り返っておきます。この要約は私のオリジナル文章です。当たり前のことを書くのが大切なのです（笑）
復習ですね。</p><p>&nbsp;1900年。まさに世界は帝国主義が横暴を極めている印象です。
日露戦争は、日本が帝国主義国間の競走に参加したことが明確になった出来事です。
そして、産業的には、鉄鋼産業や交通網が発達し始めた時期であり、産業は国家間の戦争を支えると同時に自分もそれにより発展したわけです。</p><p>&nbsp;外交は非常に稚拙であり国際組織もまだほとんどできていません。しかし、各国は、公使館のような施設をそれぞれ置いて、戦争を避ける交渉を、帝国主義的論理ではありますが行なっています。&nbsp;</p><p>裏での戦費調達では国際経済や通貨の力学も、働き始めていたわけです。
通信技術は未発達で、国家間の意思疎通には時間がかかり、行き違いで避けられたかもしれない戦争の勃発を招く一因にもなりました。&nbsp;</p><p>そんな中で、列強には疲弊と不安定さがじわじわと染み渡ってきているようです。
ひとつは行き過ぎた海外派兵や紛争の負担の大きさであり、もうひとつは共産主義が芽生えて拡大してきている現象です。&nbsp;</p><p>で、5年目の今回は、人間や国家の間の意思疎通に欠かせない言語に焦点をあて、それであるからには「思想」にもいよいよ取り掛かる、という回にしたいのです。</p><p>&nbsp;折しも、学術会議任命拒否問題が勃発しました。
これは、「戦後の日本社会の民主主義」と「近代科学への敬意と信奉」を自分のアイディンテイの重要な両輪であると位置づけているような人にとっては、ダブルに信じ難い暴挙に映る出来事です。
このことを考えるのは急務ですが、急がば回れ。歴史を振り返る中で、目先の出来事だけでなく、足に地をつけてじっくりと考えていきたいです。&nbsp;</p><p>私の考えている「言語によるコミュニケーションの逆説的崩壊」は、デジタル社会を特徴付ける的確な表現だと思うのですが、その論を整理するための助走でもあります。&nbsp;</p><p>前置きが長くなりました（笑）
ひとまず1905年の第1回ということで、ここで休憩しましょう（笑）
次回はソシュールの言語学についてです。<br></p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[日露戦争　開戦まで　その２ (1904年)]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/10870191/"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/10870191</id><summary><![CDATA[日露戦争の続きです。開戦への経緯に興味があります。
 今回も、出口治明教授の「0から学ぶ日本史講義」をベースに、日露戦争について学びます。出口先生に100%近く頼った文章＋私の勝手な印象が混ざった文章ですので、大筋は史実ですが、一つの解釈として理解してください。写真は、有朋の京都別荘である無鄰菴のサイトへのリンクです。1903年（明治36年）4月に元老山縣有朋と伊藤博文、桂太郎首相と小村寿太郎外相の4人が日露戦争について相談した、いわゆる無鄰菴会議の場所です。京都、いいですね。コロナが収まったら、一度、行ってみたいです。そうそう、数日前に見たテレビでは、なんと先日書いた九州の八幡製鉄所が紹介されていました。歴史を知ると、旅行の楽しさも増すと思います。さて。山縣有朋の権勢は凄かったのでしょうね。東京にも山縣有朋の旧家だった場所がホテルになったところがあります。有名な椿山荘ですね！目白にはよく行くのですが、椿山荘が山縣有朋ゆかりの土地とは、まったく知りませんでした。山縣有朋といえば、私には、戦争好きの帝国主義者のイメージしかありませんが、。。。。。話を戻します。日露戦争について、さらに詳しくいろいろ調べたいのですが、とりあえず、少しずつ前に進みます。なにせ、現在まで、まだ120年近くあるのですから、果てしなく勉強しているわけにはいきません(笑)今日のオラの興味は、ロシア側から見た日露戦争です。

日本側については、よく知られているので、書いても面白くないですよね。日本では、満州と韓国をそれぞれロシアと日本で権益確保しようとして、ロシアと共存したかったのですが、交渉が上手くいかず、開戦論と不戦論がある中で、学者七博士の意見書のように、国民の中でも主戦論が高まっていったのだと思います。英国との利害が一致し、1902年に日英同盟が結ばれたことも大きく、同盟により、日本がロシアと戦争になっても、清の参戦が英国参戦を必須とするため難しくなったわけです。
 一方、ロシア側はどうだったか。日本と戦争になっても問題にならない、と見ていたのは確かでしょう。そして、大韓帝国がロシアに接近してきていたので、ロシアとすれば韓国を手放す理由はなかったようです。 しかし、ここで書いておきたいのは、帝政ロシアの事情です。 1902年4月にロシアは満州からの撤兵条約を結んだのですがなかなか引き上げなかった。これは、シベリア鉄道の整備を進める時間稼ぎをしていたのではないでしょうか。そして日英同盟があったので、日本とすぐには戦争もしたくない。韓国も手離したくないので、満韓交換には乗れないが、満州支配を確立すべく、清政府に要求を出して圧力を強めることもしています。この辺りが、のらりくらり的で、最近の北方領土日露交渉の雰囲気に似てませんか？日本は、じらされて、バカな首相がプーチンに「おお、ウラジミール！いっしょに駆けてゆこうよ」と詩まで詠んだものだからすっかり足元を見られて、いつのまにか一括返還論は消えてしまったのが、つい最近です。(笑) さて、すぐ脱線してしまいますが、当時の帝政ロシアでは、国内が揺れています。ここで着目したいのは、1903年夏、社会民主労働党(共産党の前身)が第2回党大会を開き、レーニンの独裁的な中央集権思想を持つポリシェビキと、穏健的なメンシェビキに分裂するという出来事です。

レーニンは、スイスに亡命中(その後ドイツへ)で、機関誌を通じてロシア国内に支持者を増やしていきました。 革命の足音が聞こえるようですね。 一方、このころ、満州の東清鉄道が完成し、ロシアは満州に極東総督府を設立。対日戦争に消極的だったウィッテ大蔵大臣(実質的な政府指導者)をロシア皇帝は解任しています。

シベリア鉄道は1904年の9月の開通ですが、それが近々に見えてきました。ロシアは、対日開戦も視野に入れ始めたのかもしれません。時間稼ぎも終わりころ、という雰囲気を感じるのですが、どうだったのでしょうか。帝政も支離滅裂だったのかもしれません。国内対策も必要。

色々な要素があって、訳が分かりません（笑） 日本はどうかと言うと、1903年4月に京都の山縣有朋別荘に政府首脳が集まり、ロシア側との戦争は困難との結論を出していました。

巨額の戦費の調達に苦労していたこともあるかと思います。
(米国といろいろ交渉していたので、その辺も触れてみたいのですが、今回は余裕がありません。)
 というわけで、1903年10月以降も、小林外相とローゼン駐日ロシア公使が交渉をしますが、妥協点が決まらない状況でした。 日本内も国論二分で開戦に踏み切れず、ロシア側も共産勢力の拡大で不安定であり極東政策はのらりくらり的だったわけですが、日本では写真の「無鄰菴」での京都会議から約9か月が立ち、強硬論か制したのでしょう。 1904年1月、ついに閣僚会議で小村寿太郎のロシア交渉中断の意見が通り、2月4日の御前会議で開戦が決定されてしまいます。6日に駐露日本公使が国交断絶を通告。 ところが、ここにドラマが潜んでいるのですね。私は今まで知りませんでしたが、なんと！
ロシア皇帝は、2月2日に日本への妥協案を裁可していました！ローゼン駐日公使に届いたのは、2月7日！御前会議から3日遅れてしまったわけです。  電話やメールのある現代では想像出来ないタイムラグ！私にもぴんとこない出来事ですから、ましてや携帯電話やスマホ、SNSが当たり前になってから生まれてきた若い人には、想像できないことが沢山あるのではないでしょうか。 
私は、当時の人々の生活、考え方、思想や、人々の間のコミュニケーションに興味があります。その上で史実の意味を考えないといけない。今の時代の感覚での判断は間違ってしまうかもしれません。 
また、話がズレましたが、日露戦争は、始まりました。当時の国際法（どういう形で認められていたのか要調査です）では宣戦布告の規定はなかったので、日本が不意に始めた開戦も、国際的には、特に非難されなかったようです。帝国主義という利己的な力のぶつかり合い。国際法を守るという意識は、当時の人々には無かったのではないでしょうか。ほんの120年前なのに、人類は、まだまだ野蛮だったのです。。。。戦況の経緯は、特に振り返りません。旅順を巡る戦闘や、バルチック艦隊との日本海戦などをここで繰り返す必要はないでしょう。  フィクションですがだいたいわかるでしょうから、司馬遼太郎でも読んでください。私は、はるか昔にさんざん読んで、忘れました(笑)ロシア戦争が集結するのは、1905年10月14日です。実は私の誕生日に当たっていたことを、これも今回、歴史をおさらいしていて、生まれて初めて知りました（笑）  歴史の勉強は、面白いですね。これで、1904年は、いちおう終わります。1904年は2回に分けましたが、次回は、1905年を勉強したいと思います。]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2020-10-17T01:34:58+00:00</published><updated>2020-10-17T01:35:49+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>日露戦争の続きです。開戦への経緯に興味があります。
&nbsp;</p><p>今回も、出口治明教授の「0から学ぶ日本史講義」をベースに、日露戦争について学びます。出口先生に100%近く頼った文章＋私の勝手な印象が混ざった文章ですので、大筋は史実ですが、一つの解釈として理解してください。<br></p><p><br></p><p>写真は、有朋の京都別荘である無鄰菴のサイトへのリンクです。1903年（明治36年）4月に元老山縣有朋と伊藤博文、桂太郎首相と小村寿太郎外相の4人が日露戦争について相談した、いわゆる無鄰菴会議の場所です。</p><p>京都、いいですね。コロナが収まったら、一度、行ってみたいです。</p><p>そうそう、数日前に見たテレビでは、なんと先日書いた九州の八幡製鉄所が紹介されていました。歴史を知ると、旅行の楽しさも増すと思います。</p><p>さて。山縣有朋の権勢は凄かったのでしょうね。東京にも山縣有朋の旧家だった場所がホテルになったところがあります。有名な椿山荘ですね！</p><p>目白にはよく行くのですが、椿山荘が山縣有朋ゆかりの土地とは、まったく知りませんでした。山縣有朋といえば、私には、戦争好きの帝国主義者のイメージしかありませんが、。。。。。<br></p><p><br></p><p>話を戻します。日露戦争について、さらに詳しくいろいろ調べたいのですが、とりあえず、少しずつ前に進みます。なにせ、現在まで、まだ120年近くあるのですから、果てしなく勉強しているわけにはいきません(笑)</p><p>今日のオラの興味は、ロシア側から見た日露戦争です。

日本側については、よく知られているので、書いても面白くないですよね。</p><p><br></p><p>日本では、満州と韓国をそれぞれロシアと日本で権益確保しようとして、ロシアと共存したかったのですが、交渉が上手くいかず、開戦論と不戦論がある中で、学者七博士の意見書のように、国民の中でも主戦論が高まっていったのだと思います。</p><p>英国との利害が一致し、1902年に日英同盟が結ばれたことも大きく、同盟により、日本がロシアと戦争になっても、清の参戦が英国参戦を必須とするため難しくなったわけです。
&nbsp;</p><p><br></p><p>一方、ロシア側はどうだったか。日本と戦争になっても問題にならない、と見ていたのは確かでしょう。そして、大韓帝国がロシアに接近してきていたので、ロシアとすれば韓国を手放す理由はなかったようです。</p><p>&nbsp;しかし、ここで書いておきたいのは、帝政ロシアの事情です。&nbsp;</p><p>1902年4月にロシアは満州からの撤兵条約を結んだのですがなかなか引き上げなかった。</p><p>これは、シベリア鉄道の整備を進める時間稼ぎをしていたのではないでしょうか。そして日英同盟があったので、日本とすぐには戦争もしたくない。韓国も手離したくないので、満韓交換には乗れないが、満州支配を確立すべく、清政府に要求を出して圧力を強めることもしています。</p><p>この辺りが、のらりくらり的で、最近の北方領土日露交渉の雰囲気に似てませんか？</p><p>日本は、じらされて、バカな首相がプーチンに「おお、ウラジミール！いっしょに駆けてゆこうよ」と詩まで詠んだものだからすっかり足元を見られて、いつのまにか一括返還論は消えてしまったのが、つい最近です。(笑)</p><p><br></p><p>&nbsp;さて、すぐ脱線してしまいますが、当時の帝政ロシアでは、国内が揺れています。</p><p>ここで着目したいのは、1903年夏、社会民主労働党(共産党の前身)が第2回党大会を開き、レーニンの独裁的な中央集権思想を持つポリシェビキと、穏健的なメンシェビキに分裂するという出来事です。

レーニンは、スイスに亡命中(その後ドイツへ)で、機関誌を通じてロシア国内に支持者を増やしていきました。 革命の足音が聞こえるようですね。&nbsp;</p><p><br></p><p>一方、このころ、満州の東清鉄道が完成し、ロシアは満州に極東総督府を設立。対日戦争に消極的だったウィッテ大蔵大臣(実質的な政府指導者)をロシア皇帝は解任しています。

シベリア鉄道は1904年の9月の開通ですが、それが近々に見えてきました。</p><p>ロシアは、対日開戦も視野に入れ始めたのかもしれません。時間稼ぎも終わりころ、という雰囲気を感じるのですが、どうだったのでしょうか。帝政も支離滅裂だったのかもしれません。国内対策も必要。

色々な要素があって、訳が分かりません（笑）&nbsp;</p><p><br></p><p>日本はどうかと言うと、1903年4月に京都の山縣有朋別荘に政府首脳が集まり、ロシア側との戦争は困難との結論を出していました。

巨額の戦費の調達に苦労していたこともあるかと思います。
(米国といろいろ交渉していたので、その辺も触れてみたいのですが、今回は余裕がありません。)
&nbsp;</p><p>というわけで、1903年10月以降も、小林外相とローゼン駐日ロシア公使が交渉をしますが、妥協点が決まらない状況でした。</p><p>&nbsp;日本内も国論二分で開戦に踏み切れず、ロシア側も共産勢力の拡大で不安定であり極東政策はのらりくらり的だったわけですが、日本では写真の「無鄰菴」での京都会議から約9か月が立ち、強硬論か制したのでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>1904年1月、ついに閣僚会議で小村寿太郎のロシア交渉中断の意見が通り、2月4日の御前会議で開戦が決定されてしまいます。6日に駐露日本公使が国交断絶を通告。</p><p><br></p><p>&nbsp;ところが、ここにドラマが潜んでいるのですね。私は今まで知りませんでしたが、なんと！
ロシア皇帝は、2月2日に日本への妥協案を裁可していました！ローゼン駐日公使に届いたのは、2月7日！御前会議から3日遅れてしまったわけです。&nbsp;</p><p>&nbsp;電話やメールのある現代では想像出来ないタイムラグ！私にもぴんとこない出来事ですから、ましてや携帯電話やスマホ、SNSが当たり前になってから生まれてきた若い人には、想像できないことが沢山あるのではないでしょうか。&nbsp;
</p><p><br></p><p>私は、当時の人々の生活、考え方、思想や、人々の間のコミュニケーションに興味があります。その上で史実の意味を考えないといけない。今の時代の感覚での判断は間違ってしまうかもしれません。&nbsp;
</p><p>また、話がズレましたが、日露戦争は、始まりました。当時の国際法（どういう形で認められていたのか要調査です）では宣戦布告の規定はなかったので、日本が不意に始めた開戦も、国際的には、特に非難されなかったようです。帝国主義という利己的な力のぶつかり合い。国際法を守るという意識は、当時の人々には無かったのではないでしょうか。ほんの120年前なのに、人類は、まだまだ野蛮だったのです。。。。</p><p><br></p><p>戦況の経緯は、特に振り返りません。旅順を巡る戦闘や、バルチック艦隊との日本海戦などをここで繰り返す必要はないでしょう。&nbsp; フィクションですがだいたいわかるでしょうから、司馬遼太郎でも読んでください。私は、はるか昔にさんざん読んで、忘れました(笑)</p><p><br></p><p>ロシア戦争が集結するのは、1905年10月14日です。実は私の誕生日に当たっていたことを、これも今回、歴史をおさらいしていて、生まれて初めて知りました（笑）&nbsp; 歴史の勉強は、面白いですね。</p><p><br></p><p>これで、1904年は、いちおう終わります。</p><p>1904年は2回に分けましたが、次回は、1905年を勉強したいと思います。</p><p><br></p><p><br></p>
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		<figure>
			
		<a href="https://murin-an.jp/">
			<img src="https://murin-an.jp/wp/wp-content/uploads/2018/05/img_murinan.jpg" width="100%">
			<small><b>京都 東山・南禅寺界隈の傑作日本庭園 名勝無鄰菴。カフェも営業中。</b></small>
			<br>
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		</a>
		</figure>
	</div>]]></content></entry><entry><title><![CDATA[日露戦争　開戦まで　その１ (1904年)]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/10464607/"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/10464607</id><summary><![CDATA[義和団と手を組んで列強に宣戦布告をした西太后を倒すため、８か国は北京に派兵した北清事変。義和団の鎮圧後、各国は撤兵しましたが、ロシアだけが全満州を占領したあとも駐留を続けました。朝鮮に利権を持つ日本と、ロシアとの緊張が高まってきました。ここでは、出口治明教授の「0から学ぶ日本史講義」より、日露戦争について学びます。以下は、出口先生に100%頼った文章＋私の勝手な印象が混ざった文章ですので、大筋は史実ですが、一つの解釈として理解してください。日本は、なぜ大国と戦争を始めたのでしょうか？当時の国論は分かれていたようです。伊藤博文や井上馨は、「ロシアと戦っても勝てない。満州はロシアに譲って、韓国の権益を確保しよう」という主張で、「満韓交換」の方針を唱えました。平和主義的な雰囲気もありますが、朝鮮半島を自分のものにしようというのですから、純粋な帝国主義であることは間違いないですよね。一方、山縣有朋や小村寿太郎(外務大臣)は、満韓交換がうまくいけばいいと内心思いつつ、ロシアと交渉してもうまくいかないのではないか、と考えていたようです。実際、ロシアとの交渉は難航したようです。実は、別に述べるように、決裂ではなかったようですが、結局、戦争が始まるわけですから、交渉は結果としてうまくいかなかったわけです。なぜでしょうか。一つの原因は、日清戦争後に清の保護国から独立して1897年に大韓帝国（高宗の皇帝即位）になった韓国が、日本の圧力を逃れてロシアに接近したため、ロシアが韓国の権益を放棄するとは言わなかったであろう、ということです。韓国がどのような圧力を日本から受けてきたか。ここでは触れる余裕がありませんが、最近の日韓をめぐる状況の悪化を見るにつけても、歴史の文脈を踏まえて、両国民の感情が今現在、どのように形成されているかについてを、国民はよく考える必要があると思っています。例えば、歴史修正を意図する小説家による、学問的に認められない記述が満載されたフィクションのような歴史本には、決して騙されてはいけない、と思います。話を戻すと、もう一つの原因は、日本と英国の接近であり、日英同盟が調印されたことは既にこの場でも書きました（1902年）。ロシアは、清と、日本と戦争になった場合に同盟する密約を結んでいましたが、日英同盟が結ばれると、二か国以上の交戦になった場合は英国に参戦義務が生じるので、おいそれと戦争はできません。1902年にロシアは満州からの撤兵条約を清と結びました。この時期のパワーゲームの状況は、日ロ開戦を避けるような流れになったか、とも見えます。しかし、ロシアは三回に分けて満州から撤退するはずでしたが、最初の１回だけで、1903年の第二回撤退は行われませんでした。逆に、ロシアは満州におけるロシアの権益を認めるように清国に要求を出し、韓国との国境付近に軍事拠点を作り始めました。韓国や清の国民は、日ロのはざまで、どのような状態だったのでしょうか。こういう歴史を見ると、王朝による独裁や、帝国主義による国家間の略奪の争いを、二度と繰り返してはならないと思うのですが、わずか120年前の出来事。人類には、いまだに争いを防ぐための仕組みを確立してはいないようです。そして、国論が分かれていた日本でも、対ロ強硬策が力を増してきて、なんと大学教授たちから「ロシアを一発殴れ」という意見が表明されるようになります。まさに、いま、学問と政治の関係が大きく揺らぐ事件が起きたばかり（2020年、菅政権による「安保法案や共謀罪、特定秘密保護法に反対した学者６名」の日本学術会議任命拒否事件）。歴史をきちんと学びましょう、と声を大にして叫びたいです。]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2020-09-28T10:06:35+00:00</published><updated>2020-10-07T04:26:20+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>義和団と手を組んで列強に宣戦布告をした西太后を倒すため、８か国は北京に派兵した北清事変。義和団の鎮圧後、各国は撤兵しましたが、ロシアだけが全満州を占領したあとも駐留を続けました。朝鮮に利権を持つ日本と、ロシアとの緊張が高まってきました。ここでは、出口治明教授の「0から学ぶ日本史講義」より、日露戦争について学びます。以下は、出口先生に100%頼った文章＋私の勝手な印象が混ざった文章ですので、大筋は史実ですが、一つの解釈として理解してください。</p><p>日本は、なぜ大国と戦争を始めたのでしょうか？</p><p>当時の国論は分かれていたようです。</p><p>伊藤博文や井上馨は、「ロシアと戦っても勝てない。満州はロシアに譲って、韓国の権益を確保しよう」という主張で、「満韓交換」の方針を唱えました。平和主義的な雰囲気もありますが、朝鮮半島を自分のものにしようというのですから、純粋な帝国主義であることは間違いないですよね。</p><p>一方、山縣有朋や小村寿太郎(外務大臣)は、満韓交換がうまくいけばいいと内心思いつつ、ロシアと交渉してもうまくいかないのではないか、と考えていたようです。</p><p>実際、ロシアとの交渉は難航したようです。実は、別に述べるように、決裂ではなかったようですが、結局、戦争が始まるわけですから、交渉は結果としてうまくいかなかったわけです。</p><p>なぜでしょうか。一つの原因は、日清戦争後に清の保護国から独立して1897年に大韓帝国（高宗の皇帝即位）になった韓国が、日本の圧力を逃れてロシアに接近したため、ロシアが韓国の権益を放棄するとは言わなかったであろう、ということです。</p><p>韓国がどのような圧力を日本から受けてきたか。ここでは触れる余裕がありませんが、最近の日韓をめぐる状況の悪化を見るにつけても、歴史の文脈を踏まえて、両国民の感情が今現在、どのように形成されているかについてを、国民はよく考える必要があると思っています。例えば、歴史修正を意図する小説家による、学問的に認められない記述が満載されたフィクションのような歴史本には、決して騙されてはいけない、と思います。</p><p>話を戻すと、もう一つの原因は、日本と英国の接近であり、日英同盟が調印されたことは既にこの場でも書きました（1902年）。</p><p>ロシアは、清と、日本と戦争になった場合に同盟する密約を結んでいましたが、日英同盟が結ばれると、二か国以上の交戦になった場合は英国に参戦義務が生じるので、おいそれと戦争はできません。1902年にロシアは満州からの撤兵条約を清と結びました。</p><p>この時期のパワーゲームの状況は、日ロ開戦を避けるような流れになったか、とも見えます。</p><p>しかし、ロシアは三回に分けて満州から撤退するはずでしたが、最初の１回だけで、1903年の第二回撤退は行われませんでした。逆に、ロシアは満州におけるロシアの権益を認めるように清国に要求を出し、韓国との国境付近に軍事拠点を作り始めました。</p><p>韓国や清の国民は、日ロのはざまで、どのような状態だったのでしょうか。</p><p>こういう歴史を見ると、王朝による独裁や、帝国主義による国家間の略奪の争いを、二度と繰り返してはならないと思うのですが、わずか120年前の出来事。人類には、いまだに争いを防ぐための仕組みを確立してはいないようです。</p><p>そして、国論が分かれていた日本でも、対ロ強硬策が力を増してきて、なんと大学教授たちから「ロシアを一発殴れ」という意見が表明されるようになります。</p><p>まさに、いま、学問と政治の関係が大きく揺らぐ事件が起きたばかり（2020年、菅政権による「安保法案や共謀罪、特定秘密保護法に反対した学者６名」の日本学術会議任命拒否事件）。</p><p>歴史をきちんと学びましょう、と声を大にして叫びたいです。</p>
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		<figure>
			
		<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E9%9C%B2%E6%88%A6%E4%BA%89">
			<img src="https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/dd/RUSSOJAPANESEWARIMAGE.jpg" width="100%">
			<small><b>日露戦争 - Wikipedia</b></small>
			<br>
			<small>日露戦争</small>
		</a>
		</figure>
	</div>]]></content></entry><entry><title><![CDATA[交通の歴史 (1903年)]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/10389381/"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/10389381</id><summary><![CDATA[20世紀の始まり、人々の暮らしはどのようであったのか。ここでは、交通の面から、眺めてみたいと思います。日本における鉄道の開通は、明治５年。新橋・横浜間の路線です。それから約30年、交通はどの程度、発達していたのでしょう。1903年だけでも、次のような出来事がありました。・中央本線笹子トンネル開通・日本鉄道豊島線（池袋 - 田端間）開通（現山手線の初めての区間開通だと思われます）・日本初の市電である大阪市の大阪市電が開業。・京都市で二井商会が日本初の営業バスを開業（9/20 バスの日）一昨日は、「バスの日」だったのですね(笑)中央本線は既にあったようですが、笹子トンネルで、関東と甲州がつながったようです。都市部では、市電やバスが開業し、市民生活の範囲が広がっていく兆しを感じます。なお、浅草に電気館（日本初の映画常設館）が設立されたのも、1903年です。ここでは、「日本鉄道」を取り上げましょう。日本鉄道というのは、1881年に設立された「日本初の私鉄」です。「もともと政府では、鉄道は国が敷設して国が保有すべきであるという意見が強かったが、西南戦争の出費などで財政が窮乏してしまったこともあり、民間資本を取り入れて鉄道を敷設することになった。」「1881年8月1日、岩倉具視をはじめとする華族などが参加して私立鉄道会社「日本鉄道」の創立が決定し、同年11月11日、設立特許条約書が下付され、初代社長に吉井友実を選出して会社が設立された」「日本鉄道は、現在の東北本線や高崎線、常磐線など、東日本旅客鉄道（JR東日本）の路線の多くを建設・運営していた。」　　　　　(Wikipedia)当初は、日本全国の路線を手掛ける想定だったようですが、実際は、東日本の路線だけでした。このあとの鉄道の歴史が興味深いですが、それはまたの機会に。。。。世界では、次の出来事がありました。・ライト兄弟が人類初の動力飛行に成功・パナマ運河条約調印（米国がパナマ運河地帯の永久租借権を獲得）・パリメトロ火災発生、84名が犠牲となる。飛行機の歴史の始まり！　パナマ運河条約！　また、パリには既に地下鉄もあったのですね。大きな事故災害もありましたが、世界で、交通がどんどん発展していく雰囲気を感じます。20世紀、人類は、移動の自由を獲得しはじめたのです！　感慨深いですね。当たり前だと思っていた移動の自由が、いま、コロナでかなり制約されています。その点において、私たちは、19世紀のころの人々の気持ちが、少しは想像できるのでしょうか？]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2020-09-22T05:47:00+00:00</published><updated>2020-09-22T05:47:02+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>20世紀の始まり、人々の暮らしはどのようであったのか。</p><p>ここでは、交通の面から、眺めてみたいと思います。</p><p data-placeholder=""><br></p><p>日本における鉄道の開通は、明治５年。新橋・横浜間の路線です。</p><p>それから約30年、交通はどの程度、発達していたのでしょう。</p><p data-placeholder=""><br></p><p>1903年だけでも、次のような出来事がありました。</p><p>・中央本線笹子トンネル開通</p><p>・日本鉄道豊島線（池袋 - 田端間）開通（現山手線の初めての区間開通だと思われます）</p><p>・日本初の市電である大阪市の大阪市電が開業。<br></p><p>・京都市で二井商会が日本初の営業バスを開業（9/20 バスの日）</p><p>一昨日は、「バスの日」だったのですね(笑)</p><p data-placeholder=""><br></p><p>中央本線は既にあったようですが、笹子トンネルで、関東と甲州がつながったようです。</p><p>都市部では、市電やバスが開業し、市民生活の範囲が広がっていく兆しを感じます。</p><p>なお、浅草に電気館（日本初の映画常設館）が設立されたのも、1903年です。</p><p data-placeholder=""><br></p><p data-placeholder="">ここでは、「日本鉄道」を取り上げましょう。</p><p>日本鉄道というのは、1881年に設立された「日本初の私鉄」です。</p><p>「もともと政府では、鉄道は国が敷設して国が保有すべきであるという意見が強かったが、西南戦争の出費などで財政が窮乏してしまったこともあり、民間資本を取り入れて鉄道を敷設することになった。」</p><p>「1881年8月1日、岩倉具視をはじめとする華族などが参加して私立鉄道会社「日本鉄道」の創立が決定し、同年11月11日、設立特許条約書が下付され、初代社長に吉井友実を選出して会社が設立された」</p><p>「日本鉄道は、現在の東北本線や高崎線、常磐線など、東日本旅客鉄道（JR東日本）の路線の多くを建設・運営していた。」　　　　　(Wikipedia)<br></p><p data-placeholder=""><br></p><p data-placeholder="">当初は、日本全国の路線を手掛ける想定だったようですが、実際は、東日本の路線だけでした。</p><p data-placeholder="">このあとの鉄道の歴史が興味深いですが、それはまたの機会に。。。。</p><p><br></p><p>世界では、次の出来事がありました。</p><p>・ライト兄弟が人類初の動力飛行に成功<br></p><p>・パナマ運河条約調印（米国がパナマ運河地帯の永久租借権を獲得）</p><p>・パリメトロ火災発生、84名が犠牲となる。<br></p><p data-placeholder="">飛行機の歴史の始まり！　パナマ運河条約！　また、パリには既に地下鉄もあったのですね。</p><p data-placeholder=""><br></p><p>大きな事故災害もありましたが、世界で、交通がどんどん発展していく雰囲気を感じます。</p><p>20世紀、人類は、移動の自由を獲得しはじめたのです！　<span style="font-size: 16px; letter-spacing: 0.2px;">感慨深いですね。</span></p><p><span style="font-size: 16px; letter-spacing: 0.2px;"><br></span></p><p><span style="font-size: 16px; letter-spacing: 0.2px;">当たり前だと思っていた移動の自由が、いま</span><span style="font-size: 16px; letter-spacing: 0.2px;">、コロナでかなり制約されています。</span></p><p><span style="font-size: 16px; letter-spacing: 0.2px;">その点において、私たちは、19世紀のころの人々の気持ちが、少しは想像できるのでしょうか？</span></p>
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		<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%89%84%E9%81%93">
			<img src="https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/ce/NipponRyLogo.svg/1200px-NipponRyLogo.svg.png" width="100%">
			<small><b>日本鉄道 - Wikipedia</b></small>
			<br>
			<small>日本鉄道</small>
		</a>
		</figure>
	</div>]]></content></entry><entry><title><![CDATA[日英同盟　(1902年)]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/10307410/"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/10307410</id><summary><![CDATA[義和団の乱から２年後、日本は、満州から撤退しないロシアに警戒の念を強くしていた。いっぽう、イギリスは南アフリカ戦争を抱え、やはりロシアのアジア進出を警戒していたが力を割くだけの余裕がなかった。第一次日英同盟が結ばれたのは、ロシアへの牽制で利害が一致していたのである。第一次日英同盟の骨子は、イギリスの清国における特殊権益と、日本の清国・朝鮮（大韓帝国）における特殊権益を相互に承認する、というものだった。防御的な意味合いが強い。どちらかが他の国との紛争になったとしても、関与しないで中立を守る、とした。しかし、二か国以上との争いになったら、参戦義務がある。日本がロシアと戦争になっても、イギリスは関与する義務はないが、さらに他の国がロシアと組んで日本と戦争になったら、イギリスにも参戦義務がある、という条約だった。これは、日ロの戦争に巻き込まれたくないイギリスにとっては、好都合だったのであろう。日本にとっても、ヨーロッパでの交戦に巻きまれる危険が少ないと考えたに違いない。実際、２年後に日露戦争が起きた時、イギリスは中立を守った。日英同盟そして、日露戦争に至るまでの１９世紀末、日本の中でも国論が分かれていた。元老山県有朋、駐英公使加藤高明らが積極的に日英同盟を主張していたが、伊藤博文や井上馨らは日英同盟よりも、ロシアの満州支配と日本の朝鮮半島支配を相互に認め（満韓交換論）、ロシアと提携する方が国益につながるとの見解で対立していた。義和団の乱から、歴史が動いたのではないだろうか。とはいえ、ぎりぎりまで交渉が重ねられていた。日本が宣戦したのは、ロシア皇帝からの交渉受託の回答と行き違いになったからのようである。このあたり、日露戦争については、項を改めて述べたい。今日は、林董に興味を持ったので、触れておく。林董（はやし　ただす、と読む）は、明治33年(1900年)に駐英公使となりイギリスへ渡った。 翌年、ドイツ代理大使から日独英三国同盟の提案が行われ、これをきっかけにして本格的に日英間の交渉が始まったようだ。林は、イギリス外務大臣の第5代ランズダウン侯爵ヘンリー・ペティ＝フィッツモーリスと交渉を重ね、1902年1月30日、ロンドンで第一次日英同盟を調印するに至った。（Wikipediaより）興味深いのは、林の経歴だ。彼は、１６歳のときに、ロンドンのユニヴァーシティカレッジやキングスカレッジに留学していたのだ。キングスカレッジといえば、コロナ対策で有名になった渋谷教授の大学ではありませんか。しかし、２年で帰国し、なんと、榎本武陽の軍に身を投じ、幕府と戦っている。しかも、捕虜になって、その後、1888年に香川県知事、1890年に兵庫県知事。そして、外交官で露公使から、英国公使。日英同盟に助力し、のちに西園寺内閣で外務大臣にまでなるのだから、数奇な人生だったのではないでしょうか。1913年に、葉山で脳溢血のため死去。この年は私の父が生まれた年でもあるので、歴史上の人物とは言え、そう遠い昔の人ではないように思うのです。年を取ると、どんどん過去が身近に近づいてくる。これは私が最近気に入っているセリフの一つです。]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2020-09-17T14:57:13+00:00</published><updated>2020-09-17T15:05:36+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>義和団の乱から２年後、日本は、満州から撤退しないロシアに警戒の念を強くしていた。いっぽう、イギリスは南アフリカ戦争を抱え、やはりロシアのアジア進出を警戒していたが力を割くだけの余裕がなかった。第一次日英同盟が結ばれたのは、ロシアへの牽制で利害が一致していたのである。</p><p>第一次日英同盟の骨子は、イギリスの清国における特殊権益と、日本の清国・朝鮮（大韓帝国）における特殊権益を相互に承認する、というものだった。防御的な意味合いが強い。</p><p>どちらかが他の国との紛争になったとしても、関与しないで中立を守る、とした。しかし、二か国以上との争いになったら、参戦義務がある。</p><p>日本がロシアと戦争になっても、イギリスは関与する義務はないが、さらに他の国がロシアと組んで日本と戦争になったら、イギリスにも参戦義務がある、という条約だった。これは、日ロの戦争に巻き込まれたくないイギリスにとっては、好都合だったのであろう。日本にとっても、ヨーロッパでの交戦に巻きまれる危険が少ないと考えたに違いない。</p><p>実際、２年後に日露戦争が起きた時、イギリスは中立を守った。</p><p>日英同盟そして、日露戦争に至るまでの１９世紀末、日本の中でも国論が分かれていた。元老山県有朋、駐英公使加藤高明らが積極的に日英同盟を主張していたが、伊藤博文や井上馨らは日英同盟よりも、ロシアの満州支配と日本の朝鮮半島支配を相互に認め（満韓交換論）、ロシアと提携する方が国益につながるとの見解で対立していた。</p><p>義和団の乱から、歴史が動いたのではないだろうか。とはいえ、ぎりぎりまで交渉が重ねられていた。日本が宣戦したのは、ロシア皇帝からの交渉受託の回答と行き違いになったからのようである。このあたり、日露戦争については、項を改めて述べたい。</p><p>今日は、林董に興味を持ったので、触れておく。</p><p>林董（はやし　ただす、と読む）は、明治33年(1900年)に駐英公使となりイギリスへ渡った。 翌年、ドイツ代理大使から日独英三国同盟の提案が行われ、これをきっかけにして本格的に日英間の交渉が始まったようだ。林は、イギリス外務大臣の第5代ランズダウン侯爵ヘンリー・ペティ＝フィッツモーリスと交渉を重ね、1902年1月30日、ロンドンで第一次日英同盟を調印するに至った。（Wikipediaより）</p><p>興味深いのは、林の経歴だ。彼は、１６歳のときに、ロンドンのユニヴァーシティカレッジやキングスカレッジに留学していたのだ。キングスカレッジといえば、コロナ対策で有名になった渋谷教授の大学ではありませんか。しかし、２年で帰国し、なんと、榎本武陽の軍に身を投じ、幕府と戦っている。しかも、捕虜になって、その後、1888年に香川県知事、1890年に兵庫県知事。そして、外交官で露公使から、英国公使。日英同盟に助力し、のちに西園寺内閣で外務大臣にまでなるのだから、数奇な人生だったのではないでしょうか。</p><p>1913年に、葉山で脳溢血のため死去。この年は私の父が生まれた年でもあるので、歴史上の人物とは言え、そう遠い昔の人ではないように思うのです。年を取ると、どんどん過去が身近に近づいてくる。これは私が最近気に入っているセリフの一つです。</p>
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		<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9E%97%E8%91%A3">
			<img src="https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/20/Hayashi_Tadasu_1910.jpg" width="100%">
			<small><b>林董 - Wikipedia</b></small>
			<br>
			<small>林董</small>
		</a>
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	</div>]]></content></entry><entry><title><![CDATA[官営八幡製鐵所　（1901年)]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/10278220/"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/10278220</id><summary><![CDATA[官営八幡製鐵所（北九州市）は、1901年（明治34年）に操業を開始した。現在は、日本製鉄九州製鉄所の一部。2007年に構成資産のいくつかが経済産業省の「近代化産業遺産」に認定された。（Wikipediaより）明治政府は、西洋諸国に対抗するため、「殖産興業」の国策で近代化産業の育成に力を注いだ。官営八幡製鐵所は、その象徴とも言える。20世紀のほとんどの期間は、鉄鋼業が日本の産業のかなめだった。「鉄」の時代と言っても良いと思う。「鉄道」を代表とする輸送機関の発達は鉄なくしてはあり得なかった。なによりも、帝国主義の根幹は「鉄」が支えた。「鉄」なくしては、兵器の製造はあり得ない。そして、自動車は、いまもなお主力産業であり、「鉄」の入れ物が人間を運ぶことで社会が成り立っている。その「鉄の時代」の我が国での始まりが、1901年の官営八幡製鐵所発足であったと言える（注：国内の製鉄所としては２番目。釜石鉱山田中製鉄所が1887年から操業を続けている）話を戻す。1904年に日露戦争が勃発すると、鉄の需要が急激に増えた。製造法の改良により、生産量が増大。戦後は民間の需要も増え、30年後には、八幡製鉄所は国内の鉄の需要の大半を支えるようになった。国内の製鉄所が合併する「製鉄大合同」により、日本製鉄株式会社が発足したのは、1934年。11年後には、第二次大戦が始まる。このあとも、「鉄」が産業の中心の時代は、しばらく続いたのだ。]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2020-09-15T11:32:15+00:00</published><updated>2020-09-17T15:05:56+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>官営八幡製鐵所（北九州市）は、1901年（明治34年）に操業を開始した。現在は、日本製鉄九州製鉄所の一部。2007年に構成資産のいくつかが経済産業省の「近代化産業遺産」に認定された。<br></p><p>（Wikipediaより）</p><p>明治政府は、西洋諸国に対抗するため、「殖産興業」の国策で近代化産業の育成に力を注いだ。官営八幡製鐵所は、その象徴とも言える。</p><p>20世紀のほとんどの期間は、鉄鋼業が日本の産業のかなめだった。「鉄」の時代と言っても良いと思う。「鉄道」を代表とする輸送機関の発達は鉄なくしてはあり得なかった。なによりも、帝国主義の根幹は「鉄」が支えた。「鉄」なくしては、兵器の製造はあり得ない。そして、自動車は、いまもなお主力産業であり、「鉄」の入れ物が人間を運ぶことで社会が成り立っている。</p><p>その「鉄の時代」の我が国での始まりが、1901年の官営八幡製鐵所発足であったと言える（注：国内の製鉄所としては２番目。釜石鉱山田中製鉄所が1887年から操業を続けている）</p><p>話を戻す。1904年に日露戦争が勃発すると、鉄の需要が急激に増えた。製造法の改良により、生産量が増大。戦後は民間の需要も増え、30年後には、八幡製鉄所は国内の鉄の需要の大半を支えるようになった。</p><p>国内の製鉄所が合併する「製鉄大合同」により、日本製鉄株式会社が発足したのは、1934年。11年後には、第二次大戦が始まる。このあとも、「鉄」が産業の中心の時代は、しばらく続いたのだ。</p>
		</div>
	
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		<figure>
			
		<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%98%E5%96%B6%E5%85%AB%E5%B9%A1%E8%A3%BD%E9%90%B5%E6%89%80">
			<img src="https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/8/8d/Converter_in_Higashida_Blast_Furnace_Memorial_Square.jpg/1200px-Converter_in_Higashida_Blast_Furnace_Memorial_Square.jpg" width="100%">
			<small><b>官営八幡製鐵所 - Wikipedia</b></small>
			<br>
			<small>官営八幡製鐵所</small>
		</a>
		</figure>
	</div>]]></content></entry><entry><title><![CDATA[義和団事件 （1900年）]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/10238138/"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/10238138</id><summary><![CDATA[韓国との関係が悪化している中で、コロナが感染拡大した。隣国との外交だけでなく、すべての外交が留まっているように見える。なぜ、隣国と摩擦が起きるか。なぜ、日本は外交が苦手か。考えなければならないことは多いが、ここでは、1900年を出発点として、日本に関連する事柄を主として、世界の歴史を考えてみたいと思う。1900年と言っても、わずか、120年前だ。つい、この前と言ってもよいのではないでしょうか？自分がいたずらに年を重ねていたら、どんどん、過去が近くに近づいてきたような気がする。これは、年を取る楽しさの一つと考えるべきではないでしょうか。1900年、これは義和田事件の起きた年として、記憶すべきです。義和団は、「扶清扶洋」。清を助けて外国を滅ぼすことを掲げて決起。反キリスト教、排外主義の民衆蜂起である。西太后は当初鎮圧を図ったが、北京を占領されるにおよんで支持に転じた。義和団と組んで、列強に宣戦布告。英米仏露日など列強８国は、８月、連合軍を北京に派兵して奪回した（北清事変）敗れた清朝は列強と北京議定書を締結、列強による帝国主義的中国分割がさらに進んだのです。１９世紀は、こうして終わり、世界は２０世紀を迎えたことになります。　　　　　　　　　　　　　　　　2020年9月13日]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2020-09-13T08:25:12+00:00</published><updated>2020-09-13T08:25:13+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>韓国との関係が悪化している中で、コロナが感染拡大した。隣国との外交だけでなく、すべての外交が留まっているように見える。</p><p>なぜ、隣国と摩擦が起きるか。なぜ、日本は外交が苦手か。</p><p>考えなければならないことは多いが、ここでは、1900年を出発点として、日本に関連する事柄を主として、世界の歴史を考えてみたいと思う。</p><p>1900年と言っても、わずか、120年前だ。つい、この前と言ってもよいのではないでしょうか？</p><p>自分がいたずらに年を重ねていたら、どんどん、過去が近くに近づいてきたような気がする。これは、年を取る楽しさの一つと考えるべきではないでしょうか。</p><p>1900年、これは義和田事件の起きた年として、記憶すべきです。</p><p>義和団は、「扶清扶洋」。清を助けて外国を滅ぼすことを掲げて決起。反キリスト教、排外主義の民衆蜂起である。</p><p>西太后は当初鎮圧を図ったが、北京を占領されるにおよんで支持に転じた。義和団と組んで、列強に宣戦布告。英米仏露日など列強８国は、８月、連合軍を北京に派兵して奪回した（北清事変）</p><p>敗れた清朝は列強と北京議定書を締結、列強による帝国主義的中国分割がさらに進んだのです。</p><p>１９世紀は、こうして終わり、世界は２０世紀を迎えたことになります。</p><p data-placeholder="">　　　　　　　　　　　　　　　　2020年9月13日</p>
		</div>
	
	<div>
		<figure>
			
		<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%A9%E5%92%8C%E5%9B%A3%E3%81%AE%E4%B9%B1">
			<img src="https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/38/Battle_of_Tientsin_Japanese_soldiers.jpg" width="100%">
			<small><b>義和団の乱 - Wikipedia</b></small>
			<br>
			<small>義和団の乱</small>
		</a>
		</figure>
	</div>]]></content></entry><entry><title><![CDATA[安倍政権の出来事]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/10027401/"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/10027401</id><summary><![CDATA[これほどまでに不祥事が連続して起きているのに、なぜ安倍政権は７年８か月も続いたのだろうか？こう書くと、必ず、「不祥事の連続とは何か？」とか、「成果がたくさんあるからだ」のような不可解な擁護が起きる。そこで、評価を混ぜずに、７年８か月のあいだの出来事を淡々と列挙しようと思ったら、ちょうど8月30日朝日新聞朝刊に一覧が掲載されていた。以下は、その転載である。これから、成果が果たして浮かび上がるだろうか？別途、ひとつひとつ、評価していきたいと思っている。2012/12 安倍政権発足2013/8 内閣法制局長官に集団的自衛権の行使容認に前向きとされる外務省出身者を初めて起用2013/12 特定秘密保護法が成立2014/4 消費税率を5%から8%に引き上げ2014/7 集団的自衛権の行使容認を閣議決定2015/9 安全保障関連法が成立2016/5 主要７か国（G7)首脳会議（伊勢志摩サミット)開催2016/6 首相、消費増税の２年半再延期を表明2016/7 参院選で与党勝利。衆参両院で改憲勢力が３分の２を超える2017/2 森友学園への国有地売却問題が発覚2017/5 首相、憲法９条に自衛隊を明記する改憲案を表明2017/5 加計学園の獣医学部新設をめぐり「総理のご意向」などと書かれた文書が発覚2017/6 共謀罪法が成立2017/7 東京都議選で自民党が歴史的大敗2018/3 森友問題で財務省による公文書改ざんが発覚2019/6 主要２０か国（G20)を大阪市で開催2019/7 参院選で与党が改選議席の過半数を獲得も、改憲勢力三分の2は届かず2019/10 消費税率を10%に引き上げ2019/11 首相主催の「桜を見る会」の20年度中止を決定2020/4 新型コロナの感染拡大で緊急事態宣言を発出2020/5 検察庁法改正案の通常国会での成立を断念2020/6 東京地検特捜部が前法相の河合克行衆院議員と妻の案里参院議員を逮捕2020/8 首相連続在職日数が2799日となり、憲政史上最長に2020/8/28 辞任表明　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2020年9月6日　記]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2020-09-06T07:43:58+00:00</published><updated>2020-09-06T07:53:22+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>これほどまでに不祥事が連続して起きているのに、なぜ安倍政権は７年８か月も続いたのだろうか？</p><p>こう書くと、必ず、「不祥事の連続とは何か？」とか、「成果がたくさんあるからだ」のような不可解な擁護が起きる。そこで、評価を混ぜずに、７年８か月のあいだの出来事を淡々と列挙しようと思ったら、ちょうど8月30日朝日新聞朝刊に一覧が掲載されていた。以下は、その転載である。</p><p>これから、成果が果たして浮かび上がるだろうか？</p><p>別途、ひとつひとつ、評価していきたいと思っている。</p><p><br></p><p>2012/12 安倍政権発足</p><p>2013/8 内閣法制局長官に集団的自衛権の行使容認に前向きとされる外務省出身者を初めて起用</p><p>2013/12 特定秘密保護法が成立</p><p>2014/4 消費税率を5%から8%に引き上げ</p><p>2014/7 集団的自衛権の行使容認を閣議決定</p><p>2015/9 安全保障関連法が成立</p><p>2016/5 主要７か国（G7)首脳会議（伊勢志摩サミット)開催</p><p>2016/6 首相、消費増税の２年半再延期を表明</p><p>2016/7 参院選で与党勝利。衆参両院で改憲勢力が３分の２を超える</p><p>2017/2 森友学園への国有地売却問題が発覚</p><p>2017/5 首相、憲法９条に自衛隊を明記する改憲案を表明</p><p>2017/5 加計学園の獣医学部新設をめぐり「総理のご意向」などと書かれた文書が発覚</p><p>2017/6 共謀罪法が成立</p><p>2017/7 東京都議選で自民党が歴史的大敗</p><p>2018/3 森友問題で財務省による公文書改ざんが発覚</p><p>2019/6 主要２０か国（G20)を大阪市で開催</p><p>2019/7 参院選で与党が改選議席の過半数を獲得も、改憲勢力三分の2は届かず</p><p>2019/10 消費税率を10%に引き上げ</p><p>2019/11 首相主催の「桜を見る会」の20年度中止を決定</p><p>2020/4 新型コロナの感染拡大で緊急事態宣言を発出</p><p>2020/5 検察庁法改正案の通常国会での成立を断念</p><p>2020/6 東京地検特捜部が前法相の河合克行衆院議員と妻の案里参院議員を逮捕</p><p>2020/8 首相連続在職日数が2799日となり、憲政史上最長に</p><p>2020/8/28 辞任表明</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2020年9月6日　記</p>
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	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[アベノミクスの成果？]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/9888337/"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/9888337</id><summary><![CDATA[第二次安倍政権の2012年から現在2020年まで7年8か月。アベノミクスで、本当に日本経済は良くなったのだろうか？主な経済指標の推移をみてみよう。（2020年8月29日朝日新聞朝刊紙面より）実質GDP年換算　498兆円(2012/10〰12)→485兆円(2020/4〰6)潜在成長率 0.8%(2012/10〰12)→0.9%(2020/1〰3)日経平均株価　10,230円(2012/12/26)→22,882円(2020/8/28)為替相場　85円36銭/ドル(12/26)　→　106円06銭(8/28)実質賃金指数 104.5(2012年平均)→99.9(2019年平均)有効求人倍率 0.83倍(12月)→1.11倍(6月)完全失業率　4.3%(12月)→2.8%(6月)日銀保有資産　→約４倍の670兆円また、野口悠紀雄先生は、ツイター(2020年8月30日)で下記のように述べられている。（1）　2012年、#中国 のGDPは、日本の1.4倍だった。2019年、中国は日本の2.9倍になった。アベノミクスの期間、#日本経済が停滞 して中国が成長したから、こうなった。 （2）　成長したのは中国だけでない。2012年、#米国のGDP は日本の2.6倍だった。2019年、米国は日本の4.0倍だ。アベノミクスが何をもたらしたかについて、こうした数字ほど雄弁なものはない。 (3)　毎月勤労統計調査によれば、2012年の #実質賃金指数 は104.5。これが2019年には99.9となった。7年間で4.4%の下落。GDPは低率とはいえ成長したが、#実質賃金はマイナス成長。 (4)　#人件費 を圧縮したので、#企業利益 が増加した。#利益剰余金 (よく内部留保といわれる）は2012年の250兆円が、18年には450兆円を超えた。しかし、使い途がないので、#現金・預金 の保有を増やした。残高は、150兆円が200兆円程度に増加。 (5)　企業利益の増加で #株価 が上昇し、年金積立金と #日銀のETF購入 がこれを支えた。ETFを購入している中央銀行は日銀だけ。 (6)　#日銀 は、国債を年80兆円程度買い上げるとしていたが、購入額は2017年頃をピークに減少し、19年末には12-15兆円程度に縮小している。つまり、#異次元金融緩和の量的緩和は、すでにひっそりと終了している。 （7）　#日銀のETF購入 について、#OECD の2029(→19?)年4月の「対日経済審査報告書」は、「市場の規律を損ないつつある」と批判している。 （8）2012年の国際経営開発研究所（ IMD ）の #世界競争力ランキング で、日本は27位だった。2020年版では、日本は過去最低の34位となった。 (9)  #円安 は #異次元金融緩和 のためと言われることが多い。しかし、円安はすでに2012年10月から始まっている。これは、ユーロ危機の収束で、リスクオフ（円に投資）の流れが終わったからだ。 (10)  2013年から20年の間に #雇用者 は約500万人増えたが、その43％は #非正規 だ。これによって賃金上昇を抑えることができた。それによって企業利益が増加した。 (11)  アベノミクスの期間での企業売上高は、8.4％増。あまり高い伸びではないが、人件費伸びを4.9％に抑えられたので、営業利益は約40％増加した。 （12）生産性を上げるのでなく、#非正規・低賃金労働 に頼る構造は、労働市場の不安定化をもたらす。事実、今年1月から6月の間に、非正規は約100万人減（正規はむしろ増えている）。 （13）アベノミクスの期間に増えた #非正規労働者 217万人のうち100万人はすでに職を失った。失業率がさほど高まらないのは、求職活動をしないからだ（1月から6月の間に、失業者は30万人増。非労働力人口は62万人増）。 (14)  #生産性 を向上させることなく、#非正規の低賃金労働 に依存して #企業利益 を増やし、#株価 を上げた。負の遺産として、低生産性が放置され、労働市場が不安定化した。これらから、見えること。それは、国の経済力の明らかな低下と、格差拡大である。・財政は悪化。GDPは増えず（他の先進国はおおむね増大している）・株高の恩恵は大企業、富裕層へ。日銀は債務増大し、高リスクに。・賃金は増えず。中間層以下の国民は実質所得が低下。消費税増大分は、大企業法人税減税に流れた。福祉も後退、社会負担の増加。・20%以上の円安により、輸入品価格上昇。海外旅行の減少。「日本人はおおむね貧乏になった」・雇用は若干改善。しかし、高齢者や共稼ぎの増加は、生活が苦しくなっていることの証し。非正規雇用が増え、コロナ解雇もあって、著しく雇用が不安定になっている。アベノミクスは、完全な失敗である。]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2020-09-01T12:57:34+00:00</published><updated>2020-09-01T12:57:36+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
		<div>
			<p>第二次安倍政権の2012年から現在2020年まで7年8か月。</p><p>アベノミクスで、本当に日本経済は良くなったのだろうか？</p><p><br></p><p>主な経済指標の推移をみてみよう。（2020年8月29日朝日新聞朝刊紙面より）</p><p>実質GDP年換算　498兆円(2012/10〰12)→485兆円(2020/4〰6)</p><p>潜在成長率 0.8%(2012/10〰12)→0.9%(2020/1〰3)</p><p>日経平均株価　10,230円(2012/12/26)→22,882円(2020/8/28)</p><p>為替相場　85円36銭/ドル(12/26)　→　106円06銭(8/28)</p><p>実質賃金指数 104.5(2012年平均)→99.9(2019年平均)</p><p>有効求人倍率 0.83倍(12月)→1.11倍(6月)</p><p>完全失業率　4.3%(12月)→2.8%(6月)</p><p>日銀保有資産　→約４倍の670兆円</p><p><br></p><p>また、野口悠紀雄先生は、ツイター(2020年8月30日)で下記のように述べられている。</p><p>（1）　2012年、#中国 のGDPは、日本の1.4倍だった。2019年、中国は日本の2.9倍になった。アベノミクスの期間、#日本経済が停滞 して中国が成長したから、こうなった。&nbsp;</p><p>（2）　成長したのは中国だけでない。2012年、#米国のGDP は日本の2.6倍だった。2019年、米国は日本の4.0倍だ。アベノミクスが何をもたらしたかについて、こうした数字ほど雄弁なものはない。&nbsp;</p><p>(3)　毎月勤労統計調査によれば、2012年の #実質賃金指数 は104.5。これが2019年には99.9となった。7年間で4.4%の下落。GDPは低率とはいえ成長したが、#実質賃金はマイナス成長。</p><p>&nbsp;(4)　#人件費 を圧縮したので、#企業利益 が増加した。#利益剰余金 (よく内部留保といわれる）は2012年の250兆円が、18年には450兆円を超えた。しかし、使い途がないので、#現金・預金 の保有を増やした。残高は、150兆円が200兆円程度に増加。</p><p>&nbsp;(5)　企業利益の増加で #株価 が上昇し、年金積立金と #日銀のETF購入 がこれを支えた。ETFを購入している中央銀行は日銀だけ。</p><p>&nbsp;(6)　#日銀 は、国債を年80兆円程度買い上げるとしていたが、購入額は2017年頃をピークに減少し、19年末には12-15兆円程度に縮小している。つまり、#異次元金融緩和の量的緩和は、すでにひっそりと終了している。&nbsp;</p><p>（7）　#日銀のETF購入 について、#OECD の2029(→19?)年4月の「対日経済審査報告書」は、「市場の規律を損ないつつある」と批判している。&nbsp;</p><p>（8）2012年の国際経営開発研究所（ IMD ）の #世界競争力ランキング で、日本は27位だった。2020年版では、日本は過去最低の34位となった。</p><p>&nbsp;(9)  #円安 は #異次元金融緩和 のためと言われることが多い。しかし、円安はすでに2012年10月から始まっている。これは、ユーロ危機の収束で、リスクオフ（円に投資）の流れが終わったからだ。&nbsp;</p><p>(10)  2013年から20年の間に #雇用者 は約500万人増えたが、その43％は #非正規 だ。これによって賃金上昇を抑えることができた。それによって企業利益が増加した。</p><p>&nbsp;(11)  アベノミクスの期間での企業売上高は、8.4％増。あまり高い伸びではないが、人件費伸びを4.9％に抑えられたので、営業利益は約40％増加した。&nbsp;</p><p>（12）生産性を上げるのでなく、#非正規・低賃金労働 に頼る構造は、労働市場の不安定化をもたらす。事実、今年1月から6月の間に、非正規は約100万人減（正規はむしろ増えている）。&nbsp;</p><p>（13）アベノミクスの期間に増えた #非正規労働者 217万人のうち100万人はすでに職を失った。失業率がさほど高まらないのは、求職活動をしないからだ（1月から6月の間に、失業者は30万人増。非労働力人口は62万人増）。</p><p>&nbsp;(14)  #生産性 を向上させることなく、#非正規の低賃金労働 に依存して #企業利益 を増やし、#株価 を上げた。負の遺産として、低生産性が放置され、労働市場が不安定化した。<br></p><p><br></p><p>これらから、見えること。それは、国の経済力の明らかな低下と、格差拡大である。</p><p>・財政は悪化。GDPは増えず（他の先進国はおおむね増大している）</p><p>・株高の恩恵は大企業、富裕層へ。日銀は債務増大し、高リスクに。</p><p>・賃金は増えず。中間層以下の国民は実質所得が低下。消費税増大分は、大企業法人税減税に流れた。福祉も後退、社会負担の増加。</p><p>・20%以上の円安により、輸入品価格上昇。海外旅行の減少。「日本人はおおむね貧乏になった」</p><p>・雇用は若干改善。しかし、高齢者や共稼ぎの増加は、生活が苦しくなっていることの証し。非正規雇用が増え、コロナ解雇もあって、著しく雇用が不安定になっている。</p><p data-placeholder=""><br></p><p data-placeholder="">アベノミクスは、完全な失敗である。</p>
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	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[検査抑制論の不思議]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/9736814/"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/9736814</id><summary><![CDATA[いまだに「検査を大量に行なってはいけない」という人たちがいる。実に不思議な人たちである。もちろん新型コロナ感染症のPCR検査のことだ。しかも、れっきとした感染症の専門家たちが、この論を唱えている。日本国民にとって不幸だったのは、コロナ対策に責任のある厚労省や感染研の専門家たちが、この論を支えていることだ。その結果、世界中で、日本だけが「検査をできるだけしないコロナ対策」をする国になってしまった。人口あたりの検査人数は、日本は世界で150位以下の状況である。感染収束に、無症状者の大量検査は必須である。中国の武漢では、全住民にPCR検査を実施した。その結果、武漢では、コロナ前の生活が戻っている。中国の感染者は８万人台。政府の発表数が信頼できないという意見もあるが、それにしても、少ない。日本の感染者は６万人を超えた。中国は感染封じ込めに成功し、日本は失敗したのだ。もちろん、ウィルスの型が変異しているようだから、単純に比較できないが。米国ニューヨーク州も、英国も、大量のPCR検査を市民に対して実施している。ニューヨーク州では、希望する市民は何回でも無料でPCR検査を受けられるそうだ。英国は、高齢者施設職員など、エッセンシャルワーカに対して定期的に何度もPCR検査を行なっている。欧米のウィルスは、日本やフィリピンなどアジアで流行したウィルスと型が違うことがわかっている。感染力が高い可能性があるのだ。欧州や米国で多大の被害が出たのはそれが原因かもしれない。そして、いま、大量検査により感染を収束させようとしている。検査抑制論者は、多くの嘘を平然とついている。その一つに、「PCR検査の感度は低い。感染しているのに検査結果が陰性になってしまう偽陰性が多数出る。彼らが、検査結果に安心して街を出歩き、感染を拡大させてしまう。」というものがある。だいぶ世間でもこれが嘘であることに気が付いてきたが、相変わらず、言っているものがいる。実に不思議。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2020年8月26日]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2020-08-26T10:28:07+00:00</published><updated>2020-09-06T07:46:00+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p><br></p><p>いまだに「検査を大量に行なってはいけない」という人たちがいる。実に不思議な人たちである。</p><p>もちろん新型コロナ感染症のPCR検査のことだ。</p><p>しかも、れっきとした感染症の専門家たちが、この論を唱えている。</p><p>日本国民にとって不幸だったのは、コロナ対策に責任のある厚労省や感染研の専門家たちが、この論を支えていることだ。その結果、世界中で、日本だけが「検査をできるだけしないコロナ対策」をする国になってしまった。人口あたりの検査人数は、日本は世界で150位以下の状況である。</p><p>感染収束に、無症状者の大量検査は必須である。中国の武漢では、全住民にPCR検査を実施した。その結果、武漢では、コロナ前の生活が戻っている。中国の感染者は８万人台。政府の発表数が信頼できないという意見もあるが、それにしても、少ない。日本の感染者は６万人を超えた。中国は感染封じ込めに成功し、日本は失敗したのだ。もちろん、ウィルスの型が変異しているようだから、単純に比較できないが。</p><p>米国ニューヨーク州も、英国も、大量のPCR検査を市民に対して実施している。ニューヨーク州では、希望する市民は何回でも無料でPCR検査を受けられるそうだ。英国は、高齢者施設職員など、エッセンシャルワーカに対して定期的に何度もPCR検査を行なっている。欧米のウィルスは、日本やフィリピンなどアジアで流行したウィルスと型が違うことがわかっている。感染力が高い可能性があるのだ。欧州や米国で多大の被害が出たのはそれが原因かもしれない。そして、いま、大量検査により感染を収束させようとしている。</p><p>検査抑制論者は、多くの嘘を平然とついている。その一つに、「PCR検査の感度は低い。感染しているのに検査結果が陰性になってしまう偽陰性が多数出る。彼らが、検査結果に安心して街を出歩き、感染を拡大させてしまう。」というものがある。だいぶ世間でもこれが嘘であることに気が付いてきたが、相変わらず、言っているものがいる。</p><p>実に不思議。</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2020年8月26日<br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[財政政策の放棄]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/9546168/"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/9546168</id><summary><![CDATA[政府の国際発行残高は、1000兆円を超えている。2020年のコロナ対策で、90兆を超える国債発行が積み重なった。いまや、財政当局も日銀も、財政秩序の維持をあきらめたように見える。財政再建は、もはや夢として描くことすらできなくなった。MMT論者は、ほとんどを国内で保有しているので、無尽蔵に紙幣発行が可能である、という理論を喧伝する。日本通貨の価値は決して毀損されない。その根拠として、異常金融緩和を継続しているのに物価が上昇していないことを挙げる。筆者や多くの識者には、MMTはフェイク理論であるように思える。コロナ危機でますます財政状況が悪化する中、主権者であるウィルスが感染拡大しないように注意深く監視する必要があるのではないか。]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2020-08-18T23:04:06+00:00</published><updated>2020-08-26T12:26:07+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>政府の国際発行残高は、1000兆円を超えている。2020年のコロナ対策で、90兆を超える国債発行が積み重なった。いまや、財政当局も日銀も、財政秩序の維持をあきらめたように見える。財政再建は、もはや夢として描くことすらできなくなった。MMT論者は、ほとんどを国内で保有しているので、無尽蔵に紙幣発行が可能である、という理論を喧伝する。日本通貨の価値は決して毀損されない。その根拠として、異常金融緩和を継続しているのに物価が上昇していないことを挙げる。筆者や多くの識者には、MMTはフェイク理論であるように思える。コロナ危機でますます財政状況が悪化する中、主権者であるウィルスが感染<i>拡大</i>しないように注意深く監視する必要があるのではないか。</p><p><br></p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[誤差逆伝搬学習]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/8048986/"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/8048986</id><summary><![CDATA[出典　　麻生英樹：「多層ニューラルネットワークによる深層表現の学習」、人工知能学会誌、Vo.28,No.4,pp.649-659(2013).■階層型ニューラルネットワーク階層型ニューラルネットワークの出力yは、入力ベクトルxと結合の重みWによって、y=g(x,W)  と表される。■教師あり学習入力xとそれに対する正解出力tのペアの集合{xj,tj}j=1,2,...,Mを学習用データとして与えられたときに、ニューラルネットワークにxjを入力したときの出力がtjに近づくように、結合の重みWを修正する。■誤差逆伝搬学習代表的な教師あり学習である。Rumalhart(1986)は誤差逆伝搬学習により、いくつかの具体的な問題で学習がうまくいくことを示し、この手法に注目が集まるようになった。ニューロンの出力関数を、微分可能なシグモイド関数f(x)=1/(1+exp(-x)) とする。出力層での誤差評価R(W)への任意の結合重みwの寄与を、偏微分係数δR(W)/δwとして計算する。R(W)はtjとyjの誤差の二乗平均とする。Wは、出力層の誤差から入力側に遡って再帰的に計算される誤差を用いて修正していく。2020年4月9日]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2020-04-09T06:33:29+00:00</published><updated>2020-08-26T12:24:54+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>出典　　麻生英樹：「多層ニューラルネットワークによる深層表現の学習」、人工知能学会誌、Vo.28,No.4,pp.649-659(2013).<br></p><p><br></p><p>■階層型ニューラルネットワーク<br></p><p>階層型ニューラルネットワークの出力<b><i>y</i></b>は、入力ベクトル<b><i>x</i></b>と結合の重み<b>W</b>によって、</p><p><i><b>y</b></i>=g(<i><b>x</b></i>,<b>W</b>)&nbsp;&nbsp;<br></p><p>と表される。</p><p><br></p><p>■教師あり学習</p><p>入力xとそれに対する正解出力tのペアの集合{xj,tj}j=1,2,...,Mを学習用データとして与えられたときに、ニューラルネットワークにxjを入力したときの出力がtjに近づくように、結合の重み<b>W</b>を修正する。</p><p><br></p><p>■誤差逆伝搬学習</p><p>代表的な教師あり学習である。Rumalhart(1986)は誤差逆伝搬学習により、いくつかの具体的な問題で学習がうまくいくことを示し、この手法に注目が集まるようになった。</p><p><br></p><p>ニューロンの出力関数を、微分可能なシグモイド関数<i>f</i>(x)=1/(1+exp(-x)) とする。</p><p>出力層での誤差評価R(<b>W</b>)への任意の結合重み<i>w</i>の寄与を、偏微分係数δR(<b>W</b>)/δ<i>w</i>として計算する。R(W)はtjとyjの誤差の二乗平均とする。Wは、出力層の誤差から入力側に遡って再帰的に計算される誤差を用いて修正していく。</p><p style="text-align: right;">2020年4月9日<br></p>
		</div>
	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[ニューラルネットワークとは]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/8019506/"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/8019506</id><summary><![CDATA[出典　　麻生英樹：「多層ニューラルネットワークによる深層表現の学習」、人工知能学会誌、Vo.28,No.4,pp.649-659(2013).脳は、神経細胞（ニューロン）がシナプスと呼ばれる結合素子を介して結合したネットワークである。このことは、20世紀初めから言われてきた。McCullochとPittsは、多入力１出力のしきい素子として単純にモデル化し、それを多数結合することで任意の論理関数と同じ計算が可能なことを1943年に示した。さらに、後年、連続値のニューロンを用いて、チューリングマシンが模擬できることも示されている（林原,1990)。ニューラルネットワークの計算モデル化には、いろいろなやり方がある。以下は、ニューロンのモデル化の１例である。　　ニューロン：X=(x1,x2,...,xn)を入力とし、yを出力するとする。x0=1とする。       W=(w0,w1,...wn) : 重みベクトル　とする。　　y=f(w0*x0+w1*x1+...+wn*xn)　　fの引数はWとXの内積。w0*x0=w0（定数項）に注意。　　出力関数fは、一般には非線形関数であり、ニューロンの活性化関数と呼ばれる。特に、f(x)=1 if x>=0 ,  0 if x<0 　のしきい関数(sign関数、ヘビサイド関数ともいう）のものは、パーセプトロンで用いる。　　脳をモデル化したニューラルネットワークにより、通常の固定されたプログラムでは実現しにくいような適応的処理が実現しやすくなる。これがニューラルネットワークの学習能力であり、人工知能と呼ばれる所以である。今後、いろいろなニューラルネットワークや学習方式について述べていく。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2020年4月3日]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2020-04-03T14:07:53+00:00</published><updated>2020-08-26T12:25:22+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p>出典　　麻生英樹：「多層ニューラルネットワークによる深層表現の学習」、人工知能学会誌、Vo.28,No.4,pp.649-659(2013).</p><p><br></p><p>脳は、神経細胞（ニューロン）がシナプスと呼ばれる結合素子を介して結合したネットワークである。このことは、20世紀初めから言われてきた。McCullochとPittsは、多入力１出力のしきい素子として単純にモデル化し、それを多数結合することで任意の論理関数と同じ計算が可能なことを1943年に示した。さらに、後年、連続値のニューロンを用いて、チューリングマシンが模擬できることも示されている（林原,1990)。</p><p>ニューラルネットワークの計算モデル化には、いろいろなやり方がある。以下は、ニューロンのモデル化の１例である。</p><p>　　ニューロン：X=(x1,x2,...,xn)を入力とし、yを出力するとする。x0=1とする。</p><p>&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp;W=(w0,w1,...wn) : 重みベクトル　とする。</p><p>　　y=f(w0*x0+w1*x1+...+wn*xn)　　fの引数はWとXの内積。w0*x0=w0（定数項）に注意。</p><p>　　出力関数fは、一般には非線形関数であり、ニューロンの活性化関数と呼ばれる。特に、f(x)=1 if x&gt;=0 ,&nbsp; 0 if x&lt;0 　のしきい関数(sign関数、ヘビサイド関数ともいう）のものは、パーセプトロンで用いる。</p><p>　　脳をモデル化したニューラルネットワークにより、通常の固定されたプログラムでは実現しにくいような適応的処理が実現しやすくなる。これがニューラルネットワークの学習能力であり、人工知能と呼ばれる所以である。今後、いろいろなニューラルネットワークや学習方式について述べていく。</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2020年4月3日</p><p><br></p>
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	]]></content></entry><entry><title><![CDATA[AIに奪われる仕事トップ１０]]></title><link rel="alternate" href="https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/7999524/"></link><id>https://morinokyoron.amebaownd.com/posts/7999524</id><summary><![CDATA[　　　　　　　　　仕事がAIにより今後奪われていくという。今日は、そのことについて書いてみます。出典：  Cart Benedict Frey et.al. "The Future of Employment:How Susceptible are Jobs tp Computerisation?"(2013)  松尾豊：「人工知能は人間を超えるか」、角川EPUB選書出典によると、下記の仕事がAIにより今後奪われていくという。これは、一つの見方にすぎず、個々の業務がそうであるかどうかは異論もある。１　電話による販売業者２　不動産登記業務（審査/調査）３　手縫いの洋服仕立て業４　データ収集・加工５　保険業６　時計修理７　貨物取扱８　税務申告代行９　フィルム写真現像10　銀行の新規口座開設ここで、一言でいえば、「定型的な情報処理作業がAIに奪われる」ということである。例えば、電話販売業の類型である「世論調査」は、すでに自動合成音声によるシステムになっている。このようなテレマーケティングシステムは、20年ほど前から始まったCTI（コンピュータ・テレフォニー・インテグレーション）により、すでにかなりの部分が自動化されている。電話販売業も、消費者が買うか買わないか、どのような仕様にするかをシンプルに決められるような単純な商品は、音声やプッシュボタンでの自動応答を使えば、技術的な障壁は無い。AIを持ち出すまでもなく、従来の情報処理で可能である。すなわち、コンピュータシステムで処理できるような定型的情報処理は、AIにとって代わられるのではなく、既に、自動化されている。しかし、取引にともなって必要になる「コミュニケーション」はどうであろうか。商品が複雑になると、取引の前段階に高度な知性が要求される。たとえば、新製品が本当に自分の役に立つかどうか、いろいろと質問したくなるであろう。色やサイズなど様々な仕様の指定が必要なのは言うまでもない。健康食品ならば、体調の悩みを訴えたい客も多いであろう。そのような疑問や悩みに「コミュニケーション」によって答えることは、現在のAIにはできないし、将来のAI進歩でできるようになる保障も全く無いのである。（この点については、「AIへの過剰な期待」として、今後、さまざまな観点から論じていく予定である。）だから、私からすれば、例えば第一位の「電話販売業」ですら、人間による業務が必要な部分が多くある。そして、AIにとって代わることが技術的に可能な部分は、実は旧来の情報処理によって、すでにかなり自動化されているのである。このことに気づかないように注意深く「AIへの期待」が刷り込まれていく、そんな「AI凄い」記事が多いので、注意が必要である。電話販売業だけに触れたが、同じことが、２位以下の業務についても、具体的に分析できる。情報処理システムの設計を考える例題にもなると思うので、学生さんには考えてみることを勧めたい。コロナ対策で自宅待機になった（注：感染ではありません）ので、本日からブログ蓄積を始めます。テーマはいくつかありますが、まずは、最近のブームであり、仕事とも関連の深い「AI」について、書きました。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2020年3月31日]]></summary><author><name>森のキョろん</name></author><published>2020-03-31T00:45:40+00:00</published><updated>2020-09-06T07:48:38+00:00</updated><content type="html"><![CDATA[
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			<p data-placeholder=""><span style="font-size: 16px; letter-spacing: 0.2px;" data-placeholder="">　　　　　　　　　</span><br></p><p>仕事がAIにより今後奪われていくという。今日は、そのことについて書いてみます。<br></p><p>出典：</p><p>&nbsp; Cart Benedict Frey et.al. "The Future of Employment:How Susceptible are Jobs tp Computerisation?"(2013)</p><p>&nbsp; 松尾豊：「人工知能は人間を超えるか」、角川EPUB選書</p><p>出典によると、下記の仕事がAIにより今後奪われていくという。</p><p>これは、一つの見方にすぎず、個々の業務がそうであるかどうかは異論もある。</p><p>１　電話による販売業者<br></p><p>２　不動産登記業務（審査/調査）</p><p>３　手縫いの洋服仕立て業</p><p>４　データ収集・加工</p><p>５　保険業</p><p>６　時計修理</p><p>７　貨物取扱</p><p>８　税務申告代行</p><p>９　フィルム写真現像</p><p>10　銀行の新規口座開設</p><p>ここで、一言でいえば、「定型的な情報処理作業がAIに奪われる」ということである。</p><p>例えば、電話販売業の類型である「世論調査」は、すでに自動合成音声によるシステムになっている。このようなテレマーケティングシステムは、20年ほど前から始まったCTI（コンピュータ・テレフォニー・インテグレーション）により、すでにかなりの部分が自動化されている。</p><p>電話販売業も、消費者が買うか買わないか、どのような仕様にするかをシンプルに決められるような単純な商品は、音声やプッシュボタンでの自動応答を使えば、技術的な障壁は無い。AIを持ち出すまでもなく、従来の情報処理で可能である。</p><p>すなわち、コンピュータシステムで処理できるような定型的情報処理は、AIにとって代わられるのではなく、既に、自動化されている。</p><p>しかし、取引にともなって必要になる「コミュニケーション」はどうであろうか。商品が複雑になると、取引の前段階に高度な知性が要求される。たとえば、新製品が本当に自分の役に立つかどうか、いろいろと質問したくなるであろう。色やサイズなど様々な仕様の指定が必要なのは言うまでもない。健康食品ならば、体調の悩みを訴えたい客も多いであろう。</p><p><br></p><p>そのような疑問や悩みに「コミュニケーション」によって答えることは、現在のAIにはできないし、将来のAI進歩でできるようになる保障も全く無いのである。（この点については、「AIへの過剰な期待」として、今後、さまざまな観点から論じていく予定である。）</p><p>だから、私からすれば、例えば第一位の「電話販売業」ですら、人間による業務が必要な部分が多くある。そして、AIにとって代わることが技術的に可能な部分は、実は旧来の情報処理によって、すでにかなり自動化されているのである。このことに気づかないように注意深く「AIへの期待」が刷り込まれていく、そんな「AI凄い」記事が多いので、注意が必要である。</p><p>電話販売業だけに触れたが、同じことが、２位以下の業務についても、具体的に分析できる。情報処理システムの設計を考える例題にもなると思うので、学生さんには考えてみることを勧めたい。</p><p><br></p><p>コロナ対策で自宅待機になった（注：感染ではありません）ので、本日からブログ蓄積を始めます。テーマはいくつかありますが、まずは、最近のブームであり、仕事とも関連の深い「AI」について、書きました。</p><p><br></p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2020年3月31日<br></p>
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