今回も「ソシュールと言語学」町田健 講談社現代新書より、要約です。
「ソシュールの分析は、「一般言語学講義」(以後、「講義」)に書かれている。これはソシュールが1907年から1911年にかけて半年ずつ行なった3回の講義をもとに、弟子たちが出版した本である。
「講義」は、人間の言葉がどんな仕組みを持っているか、言葉がなぜ通じるか、を解明することを目的とした本だった。比較言語学は、諸言語の歴史を明らかにはするが、言葉が持つ普遍性を明らかにすることは出来なかったのである。
ソシュールは、比較言語学に熟達することで、具体的な言語事実を客観的に処理する姿勢を身につけた。そのうえで、諸言語についての正確で幅広い知識をもとに、事実から一般的な性質を導き出すという確実な方法で言葉の普遍性に迫ろうとした。
単なる抽象的な議論の展開ではなかったので、言語学に新たな展開をもたらすことができた。ソシュールが、現代言語学にもっとも大きな影響を与えた学者であることに異論を挟む言語学者はいない。
言葉がなぜ通じるか。ソシュールは、意味の伝達の仕組みを、次の図で表した(「講義」p.28)
話し手の頭の中で、ある概念が呼び起こされると、その概念に対して、ある言語の中で決まっている聴覚映像が対応させられる。その聴覚映像は、口や下などの音声器官によって具体的な音声として実現され、空気中を音波となって聞き手の耳に伝わっていく。
聞き手は音波をもとに聴覚映像を作り上げ、聴覚映像に対応する概念を引き出すことで、話し手が伝えたかった意味を理解することになる。この過程が相互に繰り返されることで、ふたりの人間の間で意味を伝達するという行為が実現される。
音声と概念は全く性質が違う。音声は物理的な実体であるのに対し、概念はそうではない。それなのに、似ても似つかないふたつのものを、同じ言語を使う人々であれば、同じ対応のさせ方をする。考えてみればこれは不思議なことである。
言葉は、音声と意味を結びつける仕組みの総体である。
ソシュールは、同じ言語を使う人々が共通して頭の中に持っている、音声から意味へ、意味から音声へという対応関係を決定するメカニズムの解明こそが言葉の本質を見極めることにほかならない、と考えたのである。」
(要約終わり)
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このように、音声を媒体として意味が伝えられるという当たり前のことが、ほんの100年ほど前に、ソシュールによって明確に図解されたようです。
それ以前に、同様のことを言った人が居なかったのか不思議ですが、その辺のことは私にはよく分かりません。 しかし、言語の仕組みを説明する時の原点としてこの図を置いたことが、意味が話し手から聞き手に正しく伝わるという性質が言葉の本質的な部分であるとソシュールが考えていたことを示す証拠であると考えて良い、と町田先生は指摘しています。
多分、それまでにそういう見方をした人は居なかったのでしょう。
聴覚映像、という用語は初めて知りました。概念と音波との間に仮定される言語依存のものをなにか仮定する必要があるのでしょうか。
今日は、ここまでです。
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